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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  7-後.「いのちの電話」後編 Back Number 保存庫  

 

 

 

 

            

15. スナックSide by side

 

 

 

 

 

 森田のタクシーは、千本中立売の交差点にさしかかった。すると、マドンナが身を乗り出して、森田に行く先を指図し始める。そして、交差点の左に入って一つ目の筋へと導き、Side by sideというスナックに到着した。時間は、深夜も11時半を過ぎている。マドンナが指図するから、彼女のよく知っている、行きつけの店らしい。沢田は、時間も遅く、車が自分の全く知らない地域を走っているので、どこに連れて行かれるのか、最初は不安だったが、とにもかくにも無事に着いたので、何をおいても、ほっとする。

 

 

 

 

 その店は、ドアとフアサードは白一色だが、店内に入ると、壁も、絨毯も、テーブルも紫色で統一された、趣味の悪いインテリアになっている。その筋の者がたむろしている様な雰囲気が、どことなく感じられる。一番奥のソファーにも、柄の悪い黒服中年の3人連れがヒソヒソと話をしている。沢田は、落ち着かなくなる。すると、3人連れの横に座っていた、派手なチャイナドレスを着た年輩の女性が、こちらに向かって出てくる。

 

 

 

 

「あら、英子、早かったのねえ。夕方に電話貰っていたから、又いつものように遅いのかなあと、思っていたのよ。いらっしやい、お久しぶりねえ。森田さんもお久しぶり。此方さんは、英子が話していた、沢田さんね。ハンサムな沢田さん、初めまして、宜しくね」

快活に話す女で、沢田のことも、折り込み済みのようだ。

「チョットね、おじゃまするわよ。綾子ママ、いつものボトル出してくれる。後は自分たちでするからいいわよ」

「そう。じゃあ持って来るわね」

そう言って、綾子という女性は、オールド・パーのボトルと氷入れ、そしてミネラル・ウォーターの瓶と烏龍茶の缶をセットにして、乾き物の突き出しを添えてテーブルに並べる。チラッとマドンナの顔を見て目配せして、再び、一番奥の黒服達の処へと戻っていく。

 

 

 

 

 

「沢田さん、水割りでいいのね。森田さんは、烏龍茶だけだよね。綾子とはね、エカテリーナをやっていた当時の、仲間なのよ。この商売もね、色々と横の繋がりがあるのよ。仕入れとか、タクシーとか。それから、ホステスやお客さんもね。情報交換して、お互いに、上手に融通し合っているのよ。ああ、それから沢田さん、ここのは私の奢りだから、気にしなくて良いのよ。昔に、綾子ママを随分助けてやったのよ」

 

 水割りを作りながら、綾子との関係を、吉田英子は丁寧に話して聞かせる。沢田も、この商売の裏の事情を聞いて感心すると共に、不安が解消されてくる。

 

 

 

 

沢田は、用意された水割りを一気に飲む。バーボンの香りが、鼻孔一杯に広がる。飲み終えるのを、待っていたかのように、森田が口を開く。今夜は、何か堂々とした態度で座っている。

「沢田はん。単刀直入に言いますわ。マドンナに結婚を申し込んだというのは、ホンマでっしゃろなあ。戸塚でしたかね、奥さんがおられるのは。離婚でもするつもりですか」

『痛い処を突いてくるぞ。奴に、どう答えるかだなあ。嘘だとは言えないしなあ』

暫く間をおいて、沢田は、妻には申し訳ないが、彼女をダシにする模範解答を思い付いた。

 

 

 

 

 

「単身赴任で、暫く合っていない内に、彼女にも男が出来たようなのです。確証はないですが、どうも、そう言う気がします。ですから、離婚ともなれば、将来はマドンナさんと。と、いう風に言った、までです。しかし、まだ確定はしていませんので、よりが戻ることもあり得ます。その時には、仕方がないから、マドンナさんをお譲りしてもいいですよ」

「ああ、そういうことか。まだ、俺にもチャンスがあるというこっちゃ。なあ、マドンナさん。いいのだろ」

「沢田さんが、そう言っているのなら、そうだわねえ。だけど、私を物扱いにした、今の沢田さんの言い方は、私、気に入らないわ。お譲りしますだって。沢田さん、私に失礼よ。私は沢田さんと一緒になりたいと思っているのよ。好きなのよ。森田さんも分かるでしょ」

沢田の顔色をみて、切り返す。

 

 

 

 

この沢田の一言で、余計に火に油を注ぐ結果となり、この場の雰囲気が混乱をはじめる。沢田は、精神を集中して、例の呪文を頭の中で唱えながら、自分の腹をトントンと叩く。こうでもしていないと、この場を切り抜けられないと思ったからだ。森田は、我が意を得たりと得意げに話す。

「だから、ワシは絶対に英子と一緒になりたいんや。なあ、福岡で一緒に暮らそうや。理事長も辞める。卓也の面倒も全部、ワシが看てやる。金もそれなりに貯めてある。何も心配はいらないよ。なあマドンナ、エエやろ」

森田は真剣だ。沢田が横にいるのも忘れて、マドンナを口説いている。福岡に帰ることを、もう決意してしまっているからだ。

 

 

 

 

 沢田は、この場は、一旦お互いに頭を冷やす他はないと考え、そして発言する。

「森田さんのお気持ちも、吉田さんのお気持ちもよく分かりました。だけど、ここで話していても結論が出ませんから、今日の処は、ここで一旦、お開きとしません。そうしましようよ。もう、12時も過ぎているし」

「せやなあ、そうしようか。ワシも今から稼がないと、あかんしな。ひとまず、そうするか」

森田も、現実に戻り、沢田に同意している。次は、マドンナだ。

「私も、疲れたわ。そうするわね。それから、森田さん。私ね、鳥清に大事な物を、忘れ物したのよ、だから沢田さんと一緒に鳥清まで、もう一度、戻ってくれない。ねえ、いいでしょ」

「せやなあ、丁度五条の方に行くので、それなら、ついでに送って行ったるわ」

こうして、3人は、再び森田のタクシーに乗って、鳥清まで戻るのである。

 

 

 

 

 3人で森田のタクシーに乗り、鳥清に向かう。タクシーの中では、後部座席に、沢田とマドンナが座っている。大宮通りを南行きに走り始めた時、マドンナが妙なことを言い始めた。

「森田さん、夜、タクシーで走っているときにさあ、怖い思いをしたことない。例えば、山の中の道とか、寂しい海沿いの道とかで、あるでしょ」

「ああ、その話か。一杯あるわさ。何だったら、話して聞かそうかい」

「きゃー、止めてよ、もうー。怖いじゃない。でも外じゃなくて、車の中の話よ」

そう言って、森田からは、見られないようにして沢田の手をとり、ギュッと握る。沢田は、突然のことでビックリしたが、森田には悟られないようにして、そのまま平然として、彼女の手を握り返す。なま暖かいしっとりとした手だ。

「だから、私は夜の山道は、車で独りでは絶対に走らないようにしているの。一度、怖いことがあったのよ。バックミラーを何気なく見ると、リアーシートに女の人影が見えたの、ゾッとしたわ。たしか、貴船からの帰りの山道だったわ」

 

 

 

 

 

そう言って、マドンナは、再び沢田の手を強く握り、その手を彼女の太股の方にもってくる。それが、怖い話のせいばかりでなく、沢田には、彼女からの、何かの合図のように思えた。続いて言う。

「例えばさあ、この中の、三人の中でさあ。ホントは居ない人が乗っていたら、としたら運転手さん、さあどうする」

『何を言うのだ、この女は。三人と言えば、俺と、森田と、マドンナだけじゃない。森田は運転しているし、俺はここにいるし。マドンナが、まぼろしだと言うのか。ゲエー、ホンとかよ。それは無いよなあ』

森田も一笑に付す。

「そんな、馬鹿なことはないわさ。男が二人も、ここに居るのに」

 

 

 

 

「沢田さん。マスターは私に気兼ねして言わなかったけれどね。私ね、あの後、自分の手首を切って自殺を図ったのよ。自責の念で一杯になり、どうしていいか分からなくなり、錯乱していたわ。それで、済生会の精神科に入れられたと言う訳なの。ねえ、森田さんホントだよね」

「ああ。もうその話はヤメなよ」

「だから、私は一度死んだ人間なの。今こうしていても、どこかフワフワしているのよ。だから、いないかも知れないと言ったのよ。沢田さん」

そう言って沢田の手を一層きつく握る。

 

 

 

 

『そんなことがあったのか。怖い人だ、マドンナさんは。どこか、陰がある人だとは思っていたが、それでだったのか。でも、気の毒というか、本人は、居たたまれなかったのだろうなあ』

マドンナは、沢田の手をそっと解き、元に戻す。

 

 

 

 

 

 

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