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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  7-後.「いのちの電話」後編 Back Number 保存庫  

 

 

 

 

               

 13. 喫茶店の松屋

 

 

 

 

うどん屋の横にある喫茶店は、スグに見つけられた。藍染めの下地に、白抜き漢字の松屋という字と、カタカナでコーヒーと斜めに文字の入った暖簾が、店先に掛かっている。大衆食堂のようなたたずまいの、時代物の古ぼけた喫茶店だ。喫茶店に暖簾なので、変だとは思ったが、成る程、食事も出来るようになっている。だからだ暖簾なのだと、沢田は納得する。

 

 

 

ガラスの引き戸をガラガラと引いて、中に入る。テーブルも椅子も、大正時代から使われていたような、四角の古いタイプ。照明も薄暗い。コーヒー店なのに、寧ろ、隣のうどん屋の出汁の臭いで、店内は満ちている。沢田の他には、客はいない。奥の方を見ると、カウンターの横に、更に縄のれんがあり、年輩の女性二人が奥の座敷に腰掛けて、大声で話し込んでいるのが見える。声で、マドンナが居ると分かる。タバコを吸っている。店のオーナーと友達の様な関係らしい。沢田は、彼女達に、自分が来たことを気付かせる為に、敢えて大声で言う。

 

 

 

 

 

 「今晩は。ご免なさい、ホットコーヒー頼みますよ」

「はあーい、済みませんね」

そう言って二人連れで、慌てて店に出てきた。矢張り、マドンナだ。

「あら、早かったのね。もう仕事は終わったの、沢田さん」

「アキちゃん、この人よ。沢田さんよ。それから、沢田さん、ここの女将のアキちゃんよ。私の幼なじみなの。食事もできるから、また、来てあげてね。それから、アキちゃん、私も同じものを頂くわ。お願いね」

 

「まあ、いらっしゃい。よくおいでなさった。ホットコーヒーを2つですね。はあーい。チョットお待ち下さいね」

女将は、そう言って縄のれんをくぐり、カウンターに入り、サイフォン式でコーヒーを作り始める。

 

 

 

 

「アキちゃん、ありがうとう。チョットね、ここ借りるわね」

沢田は、マドンナに連れられて、入り口の右端にある、外からは目立たないテーブルに座らされる。そして、沢田の目を見つめて、タバコを吸い始める。睫毛が長く、切れ長の目で、目の色は黒い。あごの先が尖り、右の頬にエクボが入る。顔の肌もピンと張り潤っている。タバコの煙を、沢田の顔に掛からないように、横に吹き出して、タバコを人差し指と中指の間に挟んでいる。美形だ。吸っていたタバコを、灰皿に置いて、丹色の明るいルージュの口を開き、ため息を付く。頼んでおいたホットコーヒーも、運ばれてくる。

 和風の陶器製カップに入った、少し温めのコーヒーだ。砂糖もクリープも入れずに、沢田は一気に飲み干す。吉田英子は、タバコを左手の指の間に挟み、手首を傾げて、彼のそんな仕草を見ている。沢田が飲み終えて、カップを受け皿に戻すと、話し始めた。

 

 

 

 

「ねえ沢田さん、昨日の続きを聞きたいでしょ。じゃあさあ、洗いざらい話すから、聞いて呉れる。タクシー運転手の森田にさあ。ホント困っているのよ、私。」

吉田英子は、飲む気もないのに、コヒーカップにスプーンを入れて、ゆっくりとかき混ぜている。

「無事に送って呉れたのでしょ」

「それは、そうだけれどもね・・・・。彼にね、昨夜また求婚されたのよ。マスターとダブルパンチなのよ、ん・・・もう。年寄り臭く見えるけれどもね、森田はまだマスターより10歳若くて、52歳なのよ。子供もいないわ。協会の理事長もしているし、仲間内では結構、力を持っているのよ。彼にもね、お金を用立てして貰っているの。30万円ばかりだけれど。それで、昨夜も、私の肩を抱いて家に上がり込もうとするから、コラッーと言って、腕を振り払って遣ったわ。でも、何もしないという約束で、結局のところ、家に入れたのよ。そうでもしないと、貸した金を返せと、大声で騒ぎ出すから仕方がなかったのよ。沢田さんホントに信じてね。何もなかったのだから。ビールは運転手にはダメだから、他に出すものがないので、卓也も呼んで夕食を食べさせながら、私達はお茶を飲んで、話していたのよ」

やっと、曇った顔を上げて、沢田の目を見つめる。その瞳はたじろがない。

 

 

 

「ヘエー、昨夜そんなことがあったのですか。大もてで、いいですね」

「いじわる。よしてよもう。私は、イヤなのだから。彼にはね、オーナー・ママ当時の仲間のクラブを3軒、紹介してやったわ。深夜からが、彼等の稼ぎ時なのよ。差し引きすると、30万円なんて、端金よ。それをさあ、恩着せがましく言ってきてさ。最低よ、あの男は。昨夜マスターから、先を越されたと勘違いして、焦っているのだと思うわ。沢田さんもいるしさ」

「えっ、僕も入っているのですか」

「だって、昨夜、私達は腕を組んで森田のタクシーの処まで行ったのよ。森田もそれを見ていたでしょ。沢田さんが私にぞっこんだと、森田は、そう思っているわ。沢田さんのいじわる」

 

 

 

「それで、そのお話の続きは、どうなったのですか」

「さあ、そこよ。だから私は、森田からの求婚を、キッパリと断ってやったわ。貴方とは、絶対に結婚しませんとね。それと、彼がこれ以上に言い出さないようにと、ダメ押しする為に、実は沢田さんからも申し込まれているのよ、と言ってやったのよ。そうでも言わないと、森田は納得しないし、帰らないからよ。だからね、私と口裏を合わせて置いて欲しいのよ。いい。今日の話はね、そのことなの」

 「ええっ、ホントにそんなことを仰ったのですか。私の了解なしに」

「いやなの、沢田さん。じゃあ、私が、森田と一緒になってもいいのね。いじわるねえ。芝居するだけなのよ」

「困ったなあ。でも、そこまで言われると。マドンナさんの為だから、芝居するだけなら、良いですが・・・・」

「そう、森田を諦めさせるのが目的だから、私と口裏を合わせて呉れるだけでいいのよ。必ずよ。多分、今夜も、森田は食事に来るから。沢田さん、絶対にお願いね」

 

 

 

「お金の方は、どうなるのですか」

沢田は、先程から一番気になっていることを、思い切って聞いてみる。

「お金はね、クラブの紹介料でチャラよ。私が紹介してやったから、森田は何百万円って稼いで居るんだから、心配はないのよ。グズグス言い出したら、イザとなったら、そんなにグズルのだったら紹介先の契約を解除してもいいのよ、と言ってやればウヤムヤにできるもの。心配しなくていいのよ、沢田さん。絶対大丈夫なのよ」

沢田は、自分を出汁にして、二人の男からの求婚を反古にしょうとする、マドンナの策略に巻き込まれたことを、ここで初めて知るのである。沢田が、マドンナのペースで、迷路へと強引にも誘い込まれており、実にその最初の入り口に立っているのを知る。

 

 

 

 

 

 

 

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