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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  7-後.「いのちの電話」後編 Back Number 保存庫  

 

 

 

 

                

17. 危険な関係

 

 

 

 

 

かれこれ、2週間が過ぎた8月上旬の、ある夜の10時頃のこと。日曜日だから、鳥清が早めに終わったのでと、沢田と英子は別々に近所の銭湯に入り終え、部屋に戻っている。蛍光灯の部屋の明かりを豆球にして、2人はさあこれから寝ようとしていた矢先のことだ。ドアを叩いて、大声で呼ぶ男の声に吃驚する。それは、昂奮している森田の声ではないか。

 

 

 

「マドンナ。居るんだろ、そこに。随分あちこち探したんだ。もう、分かっているんだぜ。卓也が可哀想じゃないか。もういい加減に、沢田と別れて家に帰りなさい。こんな生活をしていると、あんただけでなく、卓也君もダメになるぜ。あんたの子供だろ。おい、マドンナ、分かっているのか。ここから出てきなさい。おい、そこに居るのは分かっているんだ。おい、沢田。聞いているのか。マドンナを放してやれ。いいか、沢田。おい、沢田」

 

 

 

豆球の電気は点いているが、沢田が、さも風呂にでも行っているように思わせるしかない。だから、下着姿の2人は、ドアからは死角になっている、台所の裏側の、部屋の壁の入り隅に肩を寄せ、息を殺し小さくなっている。少しの物音も立てられない。呼吸も小さくする。自分の心臓の鼓動だけが聞こえる。彼が、諦めて出ていくのを待つしか、他には方法がないのだ。暫くすると、偶然にも森田のポケベルが鳴って、森田は慌てて、階段の踊り場にある公衆電話に駆け寄る。協会からの連絡で、タクシー客の呼び出しが入ったらしいのだ。電話が終わった森田は、もう一度沢田の部屋まで戻ってきて通告する。余程、頭にきているらしい。

 

 

 

「おい、沢田とマドンナ。2人がそこにいるのは分かっているぞ。俺は、今から仕事に出る。たのむから、マドンナ、家に帰ってやって呉れ。卓也が可哀想じゃないか」

それだけを言って、とうとう森田も寮から外に出る。仕事が入ったから、仕方がないのだ。こうして幸いにも、森田は自分の車で寮から離れ、走り去ったのである。

 

 

 

また、戻って来るかも知れないから、豆球のままの暗い部屋のなかで、2人は、まだじっとしている。もう来ないと確信してから、沢田は、マドンナの肩を抱き寄せ、彼女の耳元で説得する。森田の激しい叱責の言葉から、彼自身が、自分達のしていることに気が付いたからだ。

「英子さん。もうこんな関係は、いけないよ。もうヤメよう。卓也君も、森田に言われるまでもなく、なるほど可哀想じゃないか。ねえ、マドンナ。分かっているのかい」

 

 

 

マドンナは、混乱している。目が虚ろだ。体も震わせている。ガラス細工のような、繊細で今にも壊れそうな危うさがある。

「私、どうしていいのか、分からないのよ。沢田さんと別れたら、私はどうなるの。別れたら、頭がどうにかなりそうで怖いのよ。沢田さん、私を連れて逃げて呉れない。ねえ、奥様と私のどちらがいいの。ねえ、私には決められないのだから・・・・・」

 

 

 

 

沢田自身も病気を引きずっていたが、この彼女の様子を客観的に観ていた沢田は、先日の車の中で聞いた、彼女の自殺未遂話は、嘘ではなく本当のことだったのだと確信する。一方、彼自身も、こうして人を客観的に見られるようになっていく自分にも気付き、自分の喜怒哀楽の感情が、徐々に元に戻っていくように感じていた。彼女との同棲を通して、自分の内面の方ばかりに向けていた視線が、彼女を通して、外界に向かうようになっていたからである。

 

 

 

 

「英子さん。この場は、兎に角一旦は、ご自宅にお帰り下さい。森田も、我々を見たわけではありませんから、例のうどん屋の隣で、友人のアキさんと喋っていたとでも、仰ればいいと思います。なんだか、私は胸騒ぎがしますよ。卓也君の身に、何かあったのかも知れませんしね。もし、そうだったら大変ですからね」

再度やんわりと、こう話をして、沢田はマドンナを説得する。

 

 

 

 

「そうねえ、先程の慌てようでは、何かあるのかもね。じゃあ、そうするわ。でも、沢田さん、またここに帰ってきてもいいでしょ。逃げたりはしないでね。お願いだから、ねえ、沢田さん、愛しているのよ。分かって欲しいわ」

状況を理解したマドンナは、しぶしぶ立ち上がり支度を済ませてから、ドアを開ける。沢田も一緒に付いて外に出て、タクシーを拾う。沢田は、運転手に行き先を告げて、お金を握らせる。何か、そうせざるを得ない気持になったからだ。彼女の乗ったタクシーのテールランプだけが、夜の街に怪しく光っていたが、やがて赤い光が細くなり、他の車のテールランプと一緒になり、とうとう見えなくなる。遠いところに、行ってしまうかのような、寂しさを沢田は感じる。

 

 

 

 

吉田英子は七条御前で、当時のお得意だった酒屋の離れを貸間して貰って、62間の自分の家に到着する。家の前の通りには、森田のタクシーが既に止まっている。彼が、部屋の中に居るのだ。卓也に鍵を開けさせたらしい。引き戸を開けると、寝かされている卓也の側に、矢張り森田がいて濡らしたタオルを卓也の額に当てて呉れている。シャンデリアだけが立派過ぎる。彼女が、マンション住まい当時に大切にしていたもので、これだけはと持ってきたものだ。

 

 

 

「どこに行ってたんだよ。探したぜ。沢田のところに居たんだろ。分かっているんだから」

「違うわよ、その話は後にしてよ。卓也がどうかしたの。卓也、大丈夫」

「今日の夕方、友達と学校で喧嘩して、運悪く殴られたらしいんだよ。卓也は、あんたが放っておくから、最近は荒れてるんだよ。だって、そりゃそうだろ。母親が帰ってこないんだから、当然だよ。変じゃないか。寂しがっているのさ」

「それで、どこを怪我したの」

「顎を殴られて、卒倒したらしい。一応、学校側が球急車を手配してくれて、事なきを得たんだが、気が付いた卓也の話から、回り回って、俺の協会の方に連絡があったと言う訳さ。どこに行ってたんだよ、2週間も家を留守にして、全っく」

 

 

 

「でもさあ、毎日、夕方には顔を見に帰っていたんだよ。夜は鳥清だから、仕方が無いじゃん。鳥清の後は、前の友達とのが付き合いが、これでも色々あるのさ。今日は、西院のうどん屋の隣の、喫茶店のアキちゃんと喋っていたんだよ。ホントだよ」

「どうでも、いいけどさ。いいかげんに沢田とは切れなよ。これは、不倫だよ。とりわけ危険な不倫じゃないか。あいつは、女房も子供も居るんだろ。危険な関係だよ、全く。ホントだよ、もう止めなよ、いいかい」

 

 

 

「そんなに、私を責めないでよ。ああ、大声を出すから、あーあ、卓也が起きたじゃない。卓也、どうしたの、大変だったね。今夜は一緒にいるからね。一緒に寝ようね、卓也、母さんといっしょなら大丈夫だから。すぐ良くなるよ、卓也・・・」

「ああ、お母さん。痛いよう、僕殴られたんだよ。救急車で病院に行ったんだよ。でも、何だかさあ、脇腹の辺りがまだ痛いよう。お母さん、もうどこにも行かないでね。僕とずっと一緒にいてね」

マドンナは思わず、寝ている卓也を、布団の上から抱きしめ、頬ずりをしている。

 

 

 

 

これを機に、マドンナは再び、以前の生活へと戻っていくのであった。彼女が持ち込んだ荷物は、沢田の部屋に残したままで。そして、沢田とは、一旦は別れたかのように見えたのだったが・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

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