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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  7-後.「いのちの電話」後編 Back Number 保存庫  

 

 

 

 

                 

18. 卓也の怪我

 

 

 

 

その2日後の夕方のこと。会社にいた沢田に対して、マドンナから例の恐怖の電話が入る。社内放送で、また沢田は呼び出された。今のように携帯電話がない頃のことだ。沢田が寮にも電話を持っておらず、また鳥清では、込みいったことが話せないから、マドンナも居たたまれずに、仕方なく会社に電話をしたという次第だ。

 

 

 

 

「沢田課長、沢田課長。吉田英子さんと言う方から、外線でお電話が入っています。お近くの電話を取って、交換までお電話下さい」

例によって、2回繰り返される。女性の名前まで言われたので、会社中に知れ渡ってしまう。自分の席で社内放送を聞いていた沢田は、赤面する。席の前の電話を取って、交換に繋いで貰った外線電話に出る。明るいマドンナの声だ。

 

 

 

 

「ああ、課長。私よ、私。英子よ。今日の6時半にさあ、西大路五条の角にある、巽という豚カツ屋さんに来てくれる。分かった、巽に1830分よ。必ず独りで来てよ。ねえ分かった」

彼の電話を、課員の皆は注聴している。課員の皆は、マドンナからの電話だと分かっていたからだ。キンキンする大きい声だから、皆にも話が聞こえているようだ。今は、もう6時前だ。もうスグに出なければならない。誤解があってはいけないと、沢田は憲さんを呼んで、正直に次のように伝える。

 

 

 

 

「憲さん、今のマドンナからの電話で、来て呉れというから、これから出ます。何か急用の様なのですわ。済みませんが、後をお願いしますね」

「課長、分かりました。後は、引き受けましたので、どうぞ行ってらっしゃい。いいですよ、どうぞ。マドンナは、以前に大変なことがあったから、沢田課長に、それ関連の何かの件で相談に乗って欲しいのでしょ。僕は大体分かっていますから、いいですよ。お役目ご苦労様です」

彼は、気を利かせすぎて、仕事と勘違いしている。寮で一緒に居たことまでは知らないらしいので、沢田もほっと安心する。

 

 

 

 

そして、会社を出て、5分程歩いたところにある、問題の豚カツ屋に沢田は到着する。マドンナは、例によってカウンターの向こうにいるオーナー・ママと喋っている。カウンターも漆塗りの幅広い大きなテーブルで、店内がゆったりとして、雰囲気のいい店だ。カウンターの後ろの壁には、棚があり、そこにはレモンやリンゴ、洋なし等の果実のリカー漬けの5gガラス瓶が20個程、整然と並べられている。ママの趣味らしい。割と感じのいい店だ。

 

 

 

「あら、いらっしゃい。沢田さんでしょ。いま英子と話していたのよ。東邦の社長秘書をされているのだって。スゴイわね」

「いいえ、そんなことでなく、広報ですから、気を遣う仕事で大変ですわ。本当ですよ」

「沢田さん、呼び出して悪かったわね。どう、ここの豚カツは美味しいのよ。一緒に頂かない。私も、一緒に頂くから、ねえ沢田さん」

「ああ、それは良いですね。そうします。それでは、僕は、豚カツ・ライスでいいです、マドンナさんは、何にされますか」

「私も同じ物でいいわ。だけど、ライスを半分にしてくれる。ママ」

「分かりました。豚カツ・ライス2つですね。スープも付いていますので、どうぞ」

 

 

 

 

沢田とマドンナは、窓側にしつらえてある、4脚席の洋風の丸いテーブルに移り、向かい合わせに座る。外は既に黄昏が迫り、町の灯りが点き始めている。マドンナは、しげしげと沢田の目を見ている。沢田は、ドギマギして、視線を外し、先程の壁面のリカー酒瓶の棚の方に向ける。

 

 

 

「あの、リカー酒の瓶漬けは立派ですねえ。こんなに種類があるのは、初めて知りました。梅だけかと思っていましたが、レモンもキウイも洋梨も、できるのですね」

「そうよ、綾子ママはリカー酒漬けの名人なのよ。毎年、一瓶をいただくのよ。美味しいのよ。そして、壁面に飾ると、インテリアになって綺麗でしょ。全部、綾子ママのアイディアなのよ。ところで、沢田さん。あれからどうなったと思う」

 

 

 

 

吉田英子は、その後のことについて、詳しく話し始める。何故か、顔を曇らせている。頼んでおいた豚カツ・ライスが、香味スープと一緒に運ばれてくる。それを、頂きながら、彼女は次のようなことを、沢田に話した。

 

 

 

 

卓也の体を心配して、あの日の翌日に精密検査を受けたこと。脳震頭の方は、異常がなかったが、下から2本目の左のあばら骨1本にヒビが入っていたこと。倒れたときに、机の角で打ったことが原因であるらしいこと。ギブスを嵌めて、暫く通院しなくてはならないこと。だから、暫く会えないことなどだ。森田も、自分の子供のことのように思って、熱心に看病して呉れていたようだ。

 

 

 

 

「それは、それは、大変だったですねえ。治るまで、どのぐらい掛かるのですか」

「済生会病院の整形外科の先生は、あばら骨だから、呼吸をするときに微妙に骨が動くので、ヒビでも完治するのに1ヶ月は掛かるというのよ。もう、大変だわ。でも、足だけは、森田が何時もタクシーで運んでくれるので、助かっているのよ」

「それは、良かったですね。でも、僕は何もしてあげられなくて、ホントに申し訳ないです。済みません」

「あらいいのよ。私の方こそ、申し訳なく思っているのだから。沢田さんに寂しい思いをさせて・・・・。独りで、1ヶ月やっていけるでしょ。お願いね、沢田さん、辛抱してね」

こう言って、女房気取りの彼女は、真剣に沢田のことを気遣うのである。

 

 

 

 

 

 

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