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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  6.「人生の小劇場」  Back Number 保存庫

「人生の小劇場」掲載が全て終了して、完結しました。

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人生の小劇場

@「全裸写真投函事件

 

               

 

 

                                    

               田

 

                                    

 

 

 

                 

渋谷の道玄坂を登り切ったところには、目立たない小さな「アクア小劇場」がある。或る土曜日のこと、午後3時キッカリに、「人生の小劇場」の幕が、かすかなウィーンというウインチ・モータの音と共にスルスルと上がり、この劇が始まった。観客席は、半分ほど埋まっている。

 

 

 

1.沢木常務の役員室の場

 

 

 「中田さん、ちょっと来てくれませんか」

 

 ロイド社では、上下を問わず、従業員の呼称を役職名でなく、さん付けで呼ぶのが慣習。代表取締役常務の沢木健から、秘書を介さずに直接の電話がきた。沢木は、当社の人事担当の役員。彼は、紺の背広に、色んな種類のストライプのネクタイだけをする、キチッとした身なりの人で有名だ。朝の内に片づけなければならない、編集記事の執筆があり、この忙しいときに何を言ってくるのだと腹立たしくもあったが、しかし人事部の偉い人から直接の電話が入ってきたことで、中田純一は妙に胸騒ぎも覚える。そこで、4階の自分の席を即座に立ち、遅いエレベータでなく階段を2段ごとに駆け上り、7階にある沢木の役員室まで急ぐ。ある年の初夏、さわやかな朝日が窓から差す、夏には珍しい、むしろ、ひんやりとしたある日の朝9時のことだ。

 

 

今日の沢木は、黄色地に細かな黒のストライプのネクタイ。本人はいいと思っているのだろうが、ネクタイだけが場違いで、少し浮き上がったような感じさえする。幾らか、彼の顔も緊張ぎみのように見える。

 

 

「早速ですね、中田さん。どうですか、このネクタイは。やはり会社の業績と同じで、ネクタイの柄も右肩上がりでなくっちゃねえ。ところで、話が混み入っていますので、別室に行きましょうか」

 

 

今日も、いつもの講釈から始まる。沢木の別室というのは、役員室の隣にあり、会議室のような小部屋で、会議用のテーブル1台と折り畳み椅子が4脚置いてあり、壁にはホワイトボードが掛けられている。この部屋に入るのは、中田は初めてだが、ここは彼が無理や難題を押しつける時に使う部屋として有名だった。この部屋で、何人もの社員が、降格や異動の宣告を受けたことを、中田は知っている。

 

 

『これは、何かあるぞ、何だろうか』と思ったが、中田自身の仕事の上での失敗やトラブル、また中田の耳に入っている、部下の不始末は全く思い当たらない。当時、中田はロイド社で編集部の副部長をしていた。

 

 

「金村洋子さんというアルバイトの人は、中田さんの部下でしたね」

唐突に、沢木は切り出す。

「まあ、これを見なさい。彼女の写真です」

大型の茶封筒に入った、割とぶ厚い郵便物を、テーブルの上にポンと沢木は放り出す。その沢木の白い手から青い血管が浮き出ているのが分かる。かなり高揚しているのだろうか。そういえば、沢木の顔も少し上気しているようにも思える。宛名は、人事担当取締役様となっているが、封筒には切手も貼っていないし、差出人の名前はどこにも書いていない。

 

 

「最近ね、私宛のこういうのが多くてね、困っているのですよ。これも、ロイド社ビルの1階の郵便受けに、昨夜の内に、誰かが投げ入れたものでしょうがね」

 

 

封筒の中を見るのを躊躇している中田に、緊張感を解きほぐすように、続けて彼は、最近、起こった出来事をゆっくりと話し始める。沢木は、中田が「経営への提言」と題した社内の懸賞論文で、次点の銀賞を取ってからというもの、中田のことを評価している。想像していた、自分自身の不始末に関する事ではなかったから、中田は、正直言って、ほっとする。

 

 

「どうぞ、中田さん。遠慮せずに、まずは写真を見てくださいな。それからじゃないと話ができないのですから」

「銀座のこの新しいビルに移ってからというものですね、なんだかんだといってくる手合いが多くってね。ついこの間も、ここの地所の、土地の地権者だとかいう奴が、自分の取り分を、まだ不動産会社から貰っていないから、お前の会社が代わりに立て替え払えをしろとかね。調べたら、単なる強請だったのですが」

「最近業績がいいので、各部署で勝手に採用した、アルバイトの従業員が増えているでしょ。だから、労務問題もチラチラ起こり始めているのですよ。ホントに困っているのです。それで、人事部としても、アルバイターには、色々と神経を使っておりましてね」

 

 

沢木は、中田が茶封筒の中味を見ている間も、次々と饒舌に話を続けている。そこには1枚の手紙と、10枚の四つ切りカラー写真が入っている。問題の写真を見た途端、思い掛けない中味だったので、中田はビックリして思わず沢木の顔を見る。沢木もニタニタして、中田と目を合わせる。それは、女性の全裸写真が3枚と、顔の分からない男と絡んでいる淫らな写真が4枚、恍惚とした表情の女性の顔のアップ写真が3枚だ。

 

 

そして、「おまえのような淫売には、天誅が加わるのだ、観念しろよ」という文字が、市販の普通の白い便箋に、ボールペンの下手な書体で横書きの手紙が一枚、添えられている。茶封筒にも、手紙にも差出人の名前は、どこにも書いていないが、女性の顔写真を見て、中田には、すぐに金村洋子と分かった。自分の部下だった女性だからだ。

 

 

しかし、最近のように、多くのアルバイターが働いている中で、沢木が写真を見ただけで、金村洋子の名前を何故知っているのかと、中田は不思議に思う。

『多分人事部で、この写真を皆で回し見て、この女性の名前を調べたに違いない。ということは、少なくとも人事部の主だった男性社員が、この写真を見たことになる』と推察する。

 

 

 そして、このような恥ずかしい写真で、晒し者になった部下の金村洋子をいとおしく、哀れにさえ思う。またこの写真が、ロイド社でなく新聞社やテレビ会社、また街中にと不用意にバラ撒かれていたら、スキャンダルのネタとなり、ロイド社のイメージを下げたり、彼女の人権問題になっていたかも知れないと、中田は、改めて事の重大さに緊張する。

 

 

「会社の中では、ちょっと見るのが恥ずかしい代物ですね、これは」

「そうだろう。正直に言って、会社でこんなのを見るのは、僕も初めてですよ。若い頃には、ポルノ写真ぐらいは見たことはあるがね。これはスゴイですね、うちの若い連中も興奮していましたよ」

 

 

やはり、中田の想像通りに、人事部の皆で見て、名前を調べていたのだ。

「しかし、沢木さんは、大勢のアルバイターが居るのに、その中で金村の名前をよくご存じだったですね」

彼女を庇護したくなって、中田純一は沢木常務に少し皮肉を言う。皆にも見せたと、さっき言ったばかりなのに、それでも沢木はシラを切って自慢げに言う。

 

 

「そりゃそうですよ、バイト連中の顔も分からんようじゃ、人事部長はね、務まりませんよ。ワッハッハ。ところで、中田さん、早速、仕事ですよ。金村洋子に出会って、これはどういうことなのか、金村から話を聞きだして、よく調べて呉れませんかね。私が聞くわけにはいきませんから。そして、ことが大きくなったり、騒ぎになったりしないように上手に始末してくれませんかね」

 

 

「ああそれから、この10枚の写真は1枚残らず全部を、彼女に返してやってくださいね。中田さん、分かっておられると思いますが、コピーしたり、1枚たりといえども隠匿したり、してはいけませんよ。ワッハッハ」

 

 

「えっ、またですか。そんなバカげたことを、何を言われるのですか。する訳がないでしょ」

いつも聞いている、沢木らしい皮肉を、中田は応酬して、最後を締めくくる。

そして、事件はこの日から始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

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