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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  6.「人生の小劇場」  Back Number 保存庫

 

 

 

 

 

               

6. 新宿「ミラノ」の場

 

 

 

週が開けた月曜日から、中田には、仙台営業所へ出張の予定が、前々から入っていたので、結局その週の金曜日夕方になったが、金村洋子に出会うことになる。金村に、電話で事前に約束しておいたから、前回に出会った喫茶店「ジロー」で彼女は、中田を待っている。

 

 

今日は、薔薇の花柄の、絹のような薄地のワンピース。少し華やかな雰囲気だ。真夏なのに、午前中にひと雨があったせいか、辺りの空気はヒンヤリとして、清々しい。並木の銀杏だろうか、植物の葉の香りが、辺り一面に漂っている。

 

 

 

ルビーネット社の島村達雄に会ったこと、しかも2人連れであったこと、そして彼が深く反省していること、金村を付け廻さないとの男の約束を取り付けたこと、一番大事な写真のネガと残りのプリント写真全部を回収したこと、等を中田は、掻い摘まんで話す。そして、封筒に入れておいた、取り返した写真のネガとプリントを全て彼女に返す。これで、全てが終わった。中田は、爽やかな開放感に満たされる。彼女もそうだろう、きっと。しかし、大事な確認作業がある。

 

 

 

「金村さん、実は島村さんが言うには、この写真と手紙は、元々は貴女の住んでおられるマンションのご自宅宛に郵送したもので、当社の郵便受けには投函していない、と言うのです。それは本当ですか」

「ええっ。こんなものを、私は受け取ってはいませんし、見たこともありませんが、どういうことかしら。まさか、私が会社に投函したとでも、思ってらっしゃるのでは。そんな恥ずかしいことを、私がするものですか。冗談じゃありませんわよ」

「しかし、変ですねえ。何か心当たりはありませんか」

 

 

 

「大体、こんな恥ずかしい写真が、私の処に送られてきたら、直ぐに燃やすか破るかして、人様に見られない様に処分しますわよ。会社に投函する訳がないでしょ。しかし、変だわ」

と、声を荒げつつも、金村は、何か心当たりがあるような表情を見せる。

「何か、思い出されましたら、何時でもいいですから、また話を聞かせて下さいね。それから、お預かりしている、この手紙と写真は、投函した犯人を見つけるまで、暫く、このまま貸して下さいね。少し、私も調べたい事があります」

こう言って、中田は、この詮索にひとまず時間を置こうと考える。

 

 

 

「それにしても、色々とありがとうございました。中田さんのおかげで、私は本当に救われましたわ。心から、感謝しておりますわ。ありがとうございました」

そう言って、立って礼を述べてから深々と、金村は中田に頭を下げる。そして、椅子に座りネガと写真を大切そうにハンドバッグの奥に仕舞う。その後は、安心したのか、砕けた雰囲気で、島村との関係を正直に話し始める。

 

 

 

「島村は、私との結婚が両親の反対でダメになったことも、中田さんに話したのでしょ。意気地のない、男なのよ。まるでファザコンなの、あの人は。親父が近畿商会の常務さんだから親が立派すぎて、そうなるのかもしれないけれどもね。もし私が、逆の立場だったら、上手に親を説得して、私達の子供も作ってから前の奥さんとの子を追い出して、立場も財産も両方共、手に入れるのに、本当にバカだわ。それからだわ、もうこんな女の腐ったような男をあてにしてもダメだと、私の方から引導を渡してやったのよ」

女性は強い、取り分けこの人は、世間ズレして、揉まれているだけに強い。

 

 

 

「しかし、彼は、金村さんに、新宿に行ってからいい男ができたとも、言っていましたが、そうなのでしょ」

中田は、少し突っ込んでみる。

「まあ、いやだわ、そんなことまで、私の片想いの人なのよ。それより、あの時のいやらしい話とか、私の恥ずかしい話は、島村はしなかったでしょうね」

「それはなかったですが、洋子さんは怖い人だというようなことを、チラッと聞きましたが」

中田は、土下座の話とか、唾を吐きかけられたとか、聞いた話はしないでおこうと考える。

「でも、島村はお喋りだから、きっと何から何まで、あなたに話したと思うわ。腹に収めて下すっているのでしょ。キットそうだわ、中田さんって優しい人なのね、素敵だわ。ますます好きになったわ、どうしようかしら私」

お世辞を言って、金村はワンピースのスカートをフワッと直し、急にソワソワしだす。

 

 

 

「ねえ、中田さん。それより、私は今まで通り、ここロイド社の新宿に置いていただけるのでしょ」

「勿論ですとも、むしろ、あなたは被害者じゃないですか。どうして辞めたり、異動したりしなければならないのですか。そんなことは絶対にありませんよ。そんなことは、私がさせません。断言します」

「まあ良かったわ、本当に嬉しいわ。ありがとうございます、中田さん・・・・。私は、今日はもう会社に戻らなくてもいいように、直帰にしてあるのよ。あなたもいいのでしょ」

「ええ、いいですとも。今日は金曜日 ですし」

「まあ良かったわ。じゃ、この近くに私の知っているパブがあるの。そこに、ご一緒して下さらない。今回のことで随分とお世話になったこともあるし、是非ともご恩返しがしたいの。それと、厄払いもしたいですしね。分かって下さる」

「時間も、いい頃だし。じゃあ、そうしましょうか」

今日は、彼女の言いなりになってやろうと、中田は腹を決める。

 

 

 

「ミラノ」という名の、黒と白を基調にした配色で、ガラスと鏡をたくさんインテリアに使った、カジノ・バア風のそのパブで、背の高い黒のパイプ椅子に、二人は並んで座っている。ニューヨーク・ポップスのアップ・テンポな音楽が薄暗い空間にリズミカルに流れている。蘭の花のような高貴な甘い香りが、辺りの空間にかすかに漂っている。金村洋子は相当、こういう場所に場慣れした手慣れた仕草で、酒をオーダーしたり、マスターと会話したりしている。また、酒にも強い。空きっ腹に、好きなバーボンの水割りを78杯もお代わりしたので、中田も、かなり酔ってきている。横に並んでパイプ椅子に座っている彼女のワンピースから、形の良い胸のふくらみがよく分かる。彼女の強いココ・シャネルの香水が彼女の体臭とともに、蒸れるようにして中田を挑発し、誘惑する。

 

 

 

『上司という立場を考えようぜ』

と自分に言い聞かせてはみるが、

『誘惑に克つ自信がなくなりそうだ。彼女もそのつもりで僕を誘ったのだろうし、断るのも失礼かもしれないぞ』

と、自分勝手な論理が、頭をもたげてくる。すると突然に、彼女の方から、中田の左肩に、しなだれ掛かってくるではないか。見ると、金村の目は、焦点が合わなくなっており、少し釣り上がった目つきに、表情も変わっている。中田は、彼女の豹変ぶりを、初めて直接に体験する。これだなと気づき、中田純一は正気に戻って、冷静に金村の様子を観察しはじめた。

 

 

 

「中田純一さん、洋子をホテルに連れてって欲しいの。ねえー、そして抱いてよー。純一さん、分かってくれているの。連れてってーて、いいって言っているのよー。あなたの気持ちは、もうすっかり分かっているんだよーだ。洋子と寝たいんだろ。今夜は、朝まで寝かせないわよ」

「・・・・」

「それからさー。片想いの人ツーのはサー、新宿営業所の木村所長のことなんだよ。もう何回も寝たんだから。知らなかっただろー。純一ったらー、ねえホテルにいこうよ。この近くにあるんだから。すぐに、したいな」

 

 

 

『そうか、やはり、あの女たらしの木村とも寝たのか。すると、俺が金村と寝ると、木村に全部知られてしまうことになる訳だ』

こう、推理していると、もうその気が完全に萎えてしまう。

『今夜は、パスだな。すると、まさか木村が、彼女の部屋から写真を盗んだのじゃないだろうな。しかし、それはないだろうなあ』

と推理してはみるが、アルコールが入っていることもあり、中田の頭も錯綜している。

 

 

 

中田純一は、突然に北村の名刺に書いてあったクセのある「る」と「だ」の字のことを思い出す。

『あの文字はどこかで見たような文字だったが。どこだっけ』

どこかで見たような、クセのある字のことを、中田は思い出そうとするが、思い出せない。妙に、気に掛かる。

『そうか。木村以外にも、金村のマンションに出入りしている奴が、他にもいるのかも知れないということか。少し、スジが通ってきたぞ』

金村の酔いは、一層激しくなっている。

 

 

 

「純一ってばー、洋子が誰だか分かってねーだろー。お前らにさ、気持ちが分かるかーってんだよ。でもさー、洋子は、でかい魚を釣り逃がしたんだよなー」

人も振り向くような大きなダミ声で、椅子からもずり落ちそうになり、ボロボロに酔っている。

『これ以上に飲ませては、もう危ない。彼女の見事な豹変ぶりも十分体験させてもらったし、もうお開きだな』

中田は、金村を送り届けようと決意して、時計を見る。まだ、夜の10時前だ。いつもカバンに入れてある部下の住所リストを調べて、彼女が板橋3丁目に住んでいると知る。勘定を済ませ、領収書をもらって、マスターにタクシーを手配させ、彼女をマンションまで、送り届ける準備を整える。

 

 

 

40分で、金村のマンションに到着する。中田は、彼女のマンションが名ばかりで、どうせ小さなアパートだろうと想像していたが、ここの彼女の住処は、大きくて立派なレジデンスだったから、思わず我が目を疑う。

『アルバイトの身で、こんなスゴイ処に住んでいるとは変だなあ、確か親とは一緒には住んではいないと言っていたが』

と、不思議に思う。

彼女を起こし、彼女の脇の下を中田の左腕で支えて肩車にして、洋子を部屋まで運ぶ。彼女が部屋に入って、鍵を掛けるのを確認する。ドアには大きな鍵穴が付いている。思わず、その穴から覗いてみると、玄関の直ぐ先の廊下でだらしなく、俯せになっているのが見える。そして、男物らしきスリッパも見える。

 

 

 

『変だなあ、男物のスリッパか』

首を傾げつつも、彼女を送り届けたことで、中田純一は、ほっと一安心して、今後の段取りを、こう考える。

『今日の仕事は、これで終わりだな。ああ何事もなくって良かった。明日の朝から、犯人探しするとして、取り敢えず、ここまでを沢木常務に報告しておこう』

 

        

 

 

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