「そうですか、ご苦労さまでした、さすが中田さんだね。見事な仕事の出来ばえだ、私も感心したよ。しかし、ルビーネット社とはね、ビックリだね。もっとも、親会社の近畿商会の社長はカリスマとの評判で、少し変わっているから、出向社員にも変なのがいるのだろうね。ワッハッハ」
「それで、敵陣にも、一人で乗り込んで行ったのだって。ついでにネガも取り返してきたの。へえっ、大したものだね。もっとも、君の上の松田部長は少し足りないから、君ほどの広い視野がないからなあ。松田君と一緒に行っていたら、まとまる話も逆にまとまらないわなあ、ワッハッハ」
「しかし、妙な話だね。島村は、ウチの会社には投函していないと言っているのだって。それは、きっと彼が嘘をついているのに違いないよ。島村が撮影した写真だと、分かってしまったことだから、ウチの会社に投函した奴のことまでは、もう調べなくてもいいよ、ご苦労さん」
沢木は、決めつけたような言い方で、島村の仕業であることを強調する。そのとき、突然に、中田はあることを思い出す。
『あの北村の名刺に書いてあった、クセのある「る」と「だ」の字が、投函された写真に同封されていた例の、手紙の文字の書体と同じゃないのかな。分かったぞ。これは、絶対に照合しなくては。幸いに名刺も手紙も自分が持っている』
と考えていると、沢木が続けていう。
「ところで、中田さん。私はね、なるだけ早く君を部長にして、ゆくゆくは編集部門の役員として、この部署の采配を全部君に任せようと思っているのだ」
沢木常務は、当社ロイド社の福田社長と同じ東大の学生時代からの友人で、専攻も同じ教育心理であった。中田は、これ以上の賛辞はないと、雲に乗ったような気分になる。更に、沢木は続ける。
「それで、中田さん。アルバイトの金村洋子には、もう会社を辞めるように伝えてあるのだろうね」
「えっ・・・・・」
これは、思わぬことを言ってくる、考えもしないことだ。辞めなくてもよいと、本人には既に伝えてある。
「なに、まだなのかい。それはマズイいなあ、君」
「バイトの何て言ったっけ、ややこしい名前の、敷居なんとかという女性が、編集部でつい最近、横領事件を起こしたばかりじゃないか。君も知っているだろ」
「はい、勿論知っています」
「だったら、何も考えることはない筈じゃないか。そういう股のユルイ女はね、金にもルーズで、敷居何とかと言うのと、同じような金銭問題を必ず起こすのだぜ。これは、心理学の常識さ。そうならない内に、辞めさすのだよ、それが対策というものだよ、君」
「でも、彼女はむしろ今回の被害者ですし、何も辞めさせる理由がありませんが」
「甘いよ、バイトだせ、契約更改しなければいいのだよ。簡単なことじゃないのかい」
「そんな甘いことを、言っているようじゃ、中田純一さん、先の話は、取り消しだな。これは、命令だよ、直ぐに金村を辞めさせなさい。私の言うことには、従った方が良いよ。ワッハッハ」
威圧感のある目つきをして、沢木は命令する。中田は、愕然とする。
『彼女には、辞めなくてよいと伝えたばかりで、断言もした。第一理由がない。仲間の友人も多いし、そう簡単には、辞めさせられない。ことが返って大きくなるのが目に見えている。これが一番に怖い。昨日の今日に、手の平を返したようなことを、そう簡単には言える訳がない』
中田は、全身から血の気が引く思いだ。名刺の文字を照合する、どころではない。雨足も、一段と激しくなってきている。