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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  6.「人生の小劇場」  Back Number 保存庫

           

 

 

 

                 

8. ロイド社4階の場

 

 

 

フラフラと中田純一は、4階の自分の席に着く。

『彼女が、仕事をよくやってくれた事とか、辞めさせたら逆に別の問題が起こるとか、色々考えて、自分の意見も言って、もっと沢木を真剣に説得すべきだったのかも知れない。しかし、沢木常務は言い出したら聞かない人だし、また自分の昇進も絡んでいる』

 

 

 

あれこれ考えるが、彼には、判断がつかない。

『編集部の上司の松田部長には今回のことを、全く報告していないから、相談する訳にもいかないし』と万策が尽きる思いがする。

そうこうする内に、松田部長の秘書の女性から、突然に連絡が入る。

「ルビーネット社の島村達雄という人から電話ですよ」

 

 

 

珍しいことに、島村からの電話だ。

「中田副部長さんですか、先日はご苦労さまでした。色々とご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした。父からも、宜しくお伝えしなさいと言われました。本当に済みませんでした」

何故なのか、彼の声が、少しうわずっている。

 

 

「ええ、でももう終わったことですから、もういいですよ。ところで何かご用でも」

「はい、それなのですが、あのとき一緒に行った課長の佐藤良樹さんをご存じですね。彼が昨日の日曜日、京都の自宅に帰っているときに、なんと首吊り自殺をして亡くなったのですよ。関西の一部の新聞には載りましたが、それは悲惨な最期でした」

 

 

「えええっ、それは本当ですか」

中田純一は、椅子から思わず立ち上がる。そのせいか、一瞬に、クラクラッと目眩がする。

「はい、ウチは宝石を売る会社ですから、イメージが大事です。元はと言えば、私が金村に送った写真ですから、私が馬鹿なことをしなければ、こんな事にはならなかったのですが・・・・・。北村所長は、私がこんなイメージダウンになるようなことをしたのは、私、島村でなく、島村の管理責任を命令されていた上司の佐藤課長がむしろ悪いのだ。部下の行動をしっかり管理監督しないから、こんなことが起こってしまったのだ、と皆の前で佐藤課長を無能呼ばわりして、激しく佐藤さんの責任を糾弾したのです。その時は、私は見て見ぬ振りをしていました。もっとも今では、それを恥ずかしいと思っています。そして結局、監督不行届で、佐藤良樹さんは責任を取らされ、降格と減給処分になったのです。こういうことに対しては、取り分け厳しい処分をするのが、当社の社風です」

 

 

 

「北村所長は、ハッキリ言えば、ルビー本社の近畿商会、そこの、私の父の島村常務に恩を売ったのです。彼は私を処分することは、絶対にできません、自分の保身が大事ですから。ですから、佐藤課長を糾弾することで、むしろ私を援護して、親父に恩を売ったのです。ここ23日の間というもの、降格され平社員となり、また給与の3割を減給させられるという厳しい処分を受けた佐藤良樹さんは、身に覚えのない事だと随分と悩み、将来にも失望していたとの事です。それで、先週の水曜日から休みを取って、京都の自分の家に戻って、今後の身の振り方について、奥さんとも相談していたようです。彼は単身赴任でしたし、奥さんは気の強い人でした。また、ロイドの中田が、あんなことさえ所長に言わなければと、奥さんにもクドクドとしつこく、言っていたようです」

 

 

 

「ええっ、そんな事があったのですか。厳しい処分だったのですね。それでも、あなた、島村達夫さんは、無キズだったのですか。変な処分ですね」

思わず、中田も独り言のようにして、本音を言ってしまう。沢木常務から負託された一件もあるので、中田は、殆ど放心状態となる。

『自分の手順ミスで、人が1人死んだ。ああなんということになってしまったのだろうか』

と思いつつも、中田純一は、咄嗟に計算をして、電話の島村に聞く。

 

 

 

「この話は、私の他には、もう誰かに、されたのでしょうか」

「はい、北村所長は、お宅の沢木常務を知っているので、自分の方から沢木常務のお耳にだけは入れておくと言っていましたが。何か、沢木さんとは遠い親戚とかでした」

「ええっ。沢木常務と北村所長さんが親戚ですって」

島村達夫からの電話は、ここで終わる。

 

 

中田は、自分の髪の毛が逆立ち、全身から血が吸い取られる思いがする。

『万事休すだ、僕の身にとっても、これはまさしく不幸の電話ではないか。あの北村だから、きっと私のことも、沢木に悪く言ったに違いない。しかし、それにしても妙な話だなあ。沢木は、投函した犯人探しを、もうこれ以上する必要がない、というような態度であった。あっ、そうだった』

思い出したように、中田純一は、カバンから例の手紙を取り出して、名刺入れから出した北村修三が書いた名刺の文字と照合する。

 

 

 

「何卒、穏便に治めてくださるようお願いします」の彼の書いた文字の「る」と「だ」の書体は、何と手紙のそれと同一である。

『ええっ、ということは、この手紙を書いたのは間違いなく北村だ。もしかして、写真を盗んで投函したのも北村か。しかし沢木は、もうこれ以上詮索する必要がないと暗に指示している。本当に北村かも知れない』

沢木から、金村を辞めさすようにいわれたこと、島村の自殺の話を聞いたこと、そしてあの写真と手紙を投函したのが北村らしいことが頭の中をぐるぐる巡り、中田の頭は混乱している。

『しかし、二人は親戚だし、沢木はきっと何かを知っているに違いない』中田は直感で、そう確信する。

 

 

 

 

9. 中田の自宅の場

 

 

 

中田は、仕事が終わり、会社から横浜の自宅に戻る。帰りの電車の中でも、自宅に着いてからも、沢木の言葉を反芻している。思い悩んだ末に、とうとう沢木常務に従順になろうと決心する。金村洋子から、何を言われても、心を鬼にして本人に最後通告をしようと考える。沢木の言う通りに、たかが、相手はアルバイターではないか。彼女を辞めさせるのが、沢木の命令でもあるし、また中田の昇進も絡んでいる。

『それにしても、あの時、もし彼女の誘惑にはまっていたら、こんなことを言えた義理ではないぞ。金村から寝たことを皆に吹聴されたりして、もっと大変な事態になっていただろうな。そう思うと、ゾッとする。このことを思えば、命令を伝えるだけだから、まだ軽傷なのでは』と、甘く自分を慰める。

 

 

 

そこで、中田純一は、金村の家に、もう10時を過ぎており、少し遅いとは思ったが、明日・火曜日の午後2時に例の「ジロー」に来て欲しい旨の電話を、思い切って入れる。その時のことだ、あろうことか電話には、最初に男が出たではないか。その「もしもし」という男のダミ声を一声聞いただけで、中田は、全てを察知したのである。

 

 

 

それは、何と、北村修三その人の声ではないか。

『そういうことか。ルビーネット社・東京営業所・所長の北村修三も彼女の客なのだ。だから、こんな時間に彼女の部屋にいるのだ。彼女は、きっと客を自宅に取りこんでいるに違いない。それだから、アルバイトの身であんな豪華なレジデンス住めるに違いない』

中田の推理は、次から次へと頭の中をかけ巡る。

 

 

 

『金村の部屋の鍵を持っている北村は、金村のいないときに彼女のマンションに入った折りに、郵便受けに入っていた、島村達夫から送られてきた問題写真と手紙の入った封筒を、偶然にも発見したのだ。咄嗟に、この事を大きくすれば、島村常務への恩売りも大きくなると考え、封書をそのまま隠匿して、持ち帰ったのだろう。幸いにも、金村洋子は自宅に郵送されてきた、この封書のことはまだ知らない。彼女が知らない内に、これをロイド社に投函しておけば、人知れずに、島村に罪をなすりつけることができる。先程の電話で島村が言っていたように、佐藤の管理責任にと問題を転化して、窮地に陥った島村を助けることで、島村常務により大きな恩が売れ、自分が親会社の近畿商会に戻れると考えたのだ。きっとそうだ。島村の書いた手紙は、自分の家でこんな事を彼が考えているときに、酒か醤油をこぼすかして、何らかの不都合で手紙を汚してしまったのだろう。潔癖性の彼は、別の同じ市販の便箋を購入して、これに島村の書体を真似て書き直し、写真と一緒にして、宛先の書いていない別の封筒に、人事担当取締役様とだけ書いて、入れ直したのだろう。書体を似せたといっても、自分の書体のクセは不用意に出てくるものだ。島村が、何か違うような気もすると言っていたのは、キットこのことだろう。もしかして、この件については、北村と親戚の沢木も関与しているのかも知れない。頭のいい沢木だから、きっと知恵を北村に出してやったのかも知れないぞ。これは、僕の妄想だろうか』

 

 

 

次々と中田の周りに起こった出来事が、中田の頭の中で、連鎖して繋がっていく。

『だから、沢木は私に、もう詮索をするなと言ったのだ。これで、この事件全体の辻褄が合う』

 

 

 

『しかし、この事は、明日会う金村には話さないでおこう。北村が犯人だと説明していけば、自ずと彼女のサイド・ビジネスのことも分かってしまう。これは、彼女の人生の問題だ。また僕は、警察官でもなんでもないし、彼女の私生活を暴くことまでは、してはいけない。彼女のサイド・ビジネスのことについては、絶対に触れてはならない。そっと、しておいてやろう。ましてや、彼女を辞めさすのだから。そうか、それで彼女は、社員の登用も拒んだのだな。アルバイトの身分のままの方が、気楽で自由が利くではないか』

こう、中田は、最後に自分の考えをまとめる。結局その夜は、明け方頃になって、やっと眠りに着く。

 

 

 

 

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