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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  6.「人生の小劇場」  Back Number 保存庫

                 

 

 

 

                  

10. 喫茶店「ジロー」の場

 

 

 

新宿の「ジロー」はこれで3度目だ。壁のアイビーも、何枚かの葉が枯れ、茶色く変色して形の崩れたのが混ざっている。喫茶店のファサードが、何だか、うす汚く貧相にすら見える。中田は、金村洋子を前にして、ズバリ切り出す。

 

 

 

「金村さん、誠に言いにくいのですが、あなたの契約は今月末までとなっていますが、次の契約更改は会社として出来なくなりました。従って、今月末でお辞めいただけませんか。理由は、聞かないでください。それから、投函した犯人も分かりましたので、お預かりしていた、手紙と写真も、もうお返しします。これです、もうお仕舞いください」

テーブルの前に座った彼女に、事務的な言い方で宣告を下す。

 

 

 

「ええっ、なんですって、中田副部長。何を、仰るのですか。先日、ずっと居て、いいと仰ったばかりじゃないですか。絶対に辞めさせないとまで、言われたじゃないですか。どういうことですか、これは。説明して下さい。納得がいきません。理由を聞くなといわれても、聞かないと私は返答ができません」

「ごもっともです、理由は、方針が変更になったからです」

中田は、

『理由にならない理由を、こう言うしかないのだ。沢木の命令だとは、どうしても言ってはならない。彼に遺恨が及んではならないからだ。自分の昇進も絡んでいる。ここが、頑張り処だ』と、自分に言い聞かせる。

 

 

 

「あなたは、心変わりしたのでしょ。先週は、ずっと居てもいいって、言ったじゃないの。断言するとまで仰ったわ。あなた、頭が変になったの・・・・」

静かに諭すようにして、口調を変えてみたり、また媚びるようにまでして、金村は、中田純一を追求する。無理もない、当然だ。誰でもそうなる筈だ。

 

 

 

「何を言われても、もうこれは決まったことなのです。元には戻せません」

「上司を出してよ、人事の責任者を出してよ。どういうことか説明して欲しいわ」

「私が、あなたの上司です。ですから、私が決めたことは絶対です。私がこの部署のトップですから」

「出るところに出て、説明して貰いますよ。それでも良いのですか」

「とにかく、ご了解して頂きたいのです、金村さん。あなたの為に、私は随分と骨を折りました。この事もよくお考えいただき、何とか私に免じて、ご了解して頂きたいのです。また犯人探しのプロセスで、私が調べて知ったことは、全てを私の腹に収める心積です。どうか、お願いします」

 

 

 

「恩着せがましく言わないでよ。何よ」

そう言いつつ、目からスーッと一筋の涙を流して、ウゥーッ、クゥーッと泣き始めるではないか。

『強がりを言っても、しょせん相手はか弱い女性ではないか。こんなことをして、彼女だけをイジメて良いのか。体を張って、それこそ沢木に土下座してでも、居させてやればよかったのかもしれない。僕自身の思慮が、足りなかったのではないだろうか。僕も、自分を悔んでいる。彼女に、心の中で手を合わせ、本当に申し訳ないと謝ろう』

中田も真剣に反省する。

しばらくの間、彼女は下を向いたままで思案していたが、顔を上げ、キッと中田の目を睨んで、やがて口を開く。

 

 

 

 

「分かりましたわ。仕方がありません。それでは言われる通りに、今月末で辞めさせてもらいます。それから、先程、犯人が分かったと言われましたが、それは誰ですか」

「それも、ここでは申し上げられません。あなたを、これ以上に窮地に追いやる訳にはいかないからです。しかし、あなたには、大体の見当がついている筈だと思いますが。あなたが今、心に描いている、その人です。間違いは、ありません」

観念したのか、金村はもうこれ以上に追求してこなくなった。

『やれやれだ、しかし後味が、誠に宜しくないなあ。このまま、何も起こらなければ良いが・・・。金村が、大人しく了承して呉れただけに、返って、何かしらの報復をするのじゃないだろうか。北村と一緒になって、報復を考えたりするのではないだろうか』

中田は、少々不安に思いはじめる。

 

 

 

 

言葉どおり、その月の最後に、金村洋子は退職する。通常、こんなときは、送別会を行うのだが、彼女が拒否したこともあって、それもしてやれなかった。ところが、彼女が辞めてから、部の者の中田に対する態度が急変していくのである。彼女が、理由もなく中田純一の心変わりで辞めさせられたのだと、部の主だった者に告げ口していたからだ。また、これに反発して、一部の女性アルバイターの者が結束して、造反行動を起こすという様な風評も流布される。

 

 

 

中田は、部の中で急速に孤立していく。陰湿な部長の松田が、裏で糸を引いているのだ、という確かな噂も聞く。経営幹部も、今回の事件を最重要視して、鎮圧のための策を慎重に協議しているとの噂も聞く。そして、今度は、中田純一自身が、責任を問われ、管理能力のなさを批判されていくことになる。こうして、中田の部長への道、ましてや役員への道は遠く、閉ざされてしまうのである。辞める前に、彼女が仕掛けておいた、地雷を踏まされたようなものだ。結局、中田は、部の中での閉職へと追いやられる。その時から、「全裸写真投函事件」のことは、今日まで、中田の脳裏に、ズーッと秘められたままとなる。

 

 

 

 

11. 後日談の場

 

 

 

その後の話だが、ルビーネット社・東京営業所の北村所長は、本来は島村達雄の起こしたスキャンダルであるにも拘わらず、島村の上司である、佐藤課長の管理責任へと問題を転化する、という方法で、スキャンダル事件を起こした島村達雄をむしろ擁護した。この見返りに、北村修三は、島村達雄の父親である近畿商会の島村常務から、本社へと引き上げられる。そして、ルビーネット社の営業所長より数段格上の、近畿商会本社・購買部長として栄転することになる。島村達雄も子煩悩な実父である島村常務の力で、ルビーネット社への出向を解かれ、近畿商会の本社に出戻り、製品開発部に異動したと聞く。

 

 

 

中田純一から、島村達夫には、実は、投函した犯人が北村だったのだ、とは伝えてある。この話を聞いた最初、島村は、北村に嵌められたと、激怒していたが、この事件を契機にして結局、親会社に戻れることになったと知り、逆に北村に感謝しているという。北村修三の、いわば佐藤良樹を踏み台にした、親会社へのジャンプ・アップ作戦は、中田純一には到底、真似ができない。見事としか言いようがない、智恵だ。一番に哀れなのは、亡くなられた佐藤良樹さんと、その残された奥様やご子息、そして中田純一自身だ。中田は、その後に、降格となり、畑違いの審査部という閉職に、追いやられる。しかし、耐え切れずに、結局ロイド社を退職することになる。

 

 

 

金村洋子は、ふと漏らした、ロイド社・新宿営業所の木村所長が、ロイド社とは競争会社に当たる、ルート社の営業部長に、ヘッドハンティングされてから、この木村所長と結婚したという。似たもの同士の夫婦だ。彼女のサイド・ビジネスは、結婚してからは、もちろん店仕舞したと聞いている。また、当時の中田の上司であった、編集部の松田部長は、上手に沢木に取り入り、その後にロイド社の役員にまでなったと聞く。これを知った中田純一は、沢木に嵌められたと愕然とし、秘めておいた、この話をせずには居られなくなり、今回、諸君にこの事件を公開した、という次第である。

 

 

 

この中田純一の話を元にして、アクア劇場支配人の田辺康平が劇に構成し直した、という訳である。

 

こうして、「人生の小劇場」は終る。開幕時とは様変わりに、観客席は、一杯に埋まっている。ロイド社の従業員が大挙して、観劇に来ていたのだ。そして、割れるような拍手が起こる。時計は、丁度、午後6時を差していた。

 

 

 

 

小さな「アクア小劇場」の幕が、かすかなウィーンというウインチ・モータの音と共に、スルスルと下がり、劇の部が終る。

                                                 

 

 

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