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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  6.「人生の小劇場」  Back Number 保存庫
                  

 

 

2. 新宿の喫茶店「ジロー」の場

 

 

 

金村洋子は、今はロイド社の新宿営業所に勤務している。編集補助をしている、アルバイター従業員である。仕事が早くて良くでき、ミスも少ない人なので、以前に、社員への登用を打診されたこともあったが、今の身分の方が気楽でいいと、敢えて登用には応じず、現在まで、アルバイターに甘んじている。

 

 

 

この新宿営業所は、営業所長の木村と、宮下という営業社員、その下にアルバイター4名の男性営業マン、編集担当・男性社員の谷、そして編集・アルバイターの金村洋子という、8名で編成されている。ロイド社の拠点編成は、人件費節約のために、少数の社員が、準社員や複数のアルバイターを使って、仕事をするという重層構造になっている。ここ新宿営業所でも、社員は木村所長以下3名だけである。

 

 

 

当時、ロイド社・営業所の営業マンが、そのエリアで販売したものは、その営業拠点に所属する編集マンが編集までを行う、という自己完結型編集拠点の全国展開を、中田純一が提案して推進してきたこともあり、中田は、編集部の副部長として部長の補佐をする本来の業務の他に、この全国12の編集拠点を統括するトップでもある。

 

 

当然、全国の編集拠点を巡回して問題解決に当たるのが仕事だから、拠点のスタッフ35名全員の名前と顔は分かっている。ロイド社の今日の発展は、この時に中田が推進した編集拠点の全国展開と、編集の外注化なしにはあり得ない。中田は、現在でもこのことを自負している。

 

 

中田が11時過ぎに、金村に電話すると、幸いにもいた。簡単に用件を言って、今から向かう旨を伝えて、地下鉄に乗る。新宿営業所に向かう地下鉄銀座線の座席で、中田純一は考える。

 

 

『カバンに入れている、問題のこの写真をどう見せようか。こんな恥ずかしい写真を、直接に彼女に見せるのも、僕の品性が疑われる。まして彼女の立場になれば、なおさらイヤで恥ずかしいだろう。加えて、他人には絶対に見せられない。写真を彼女に見せているときに、他人が来れば、なお一層具合が悪い。やはり写真は見せずに、話だけして後から写真を渡そうか。さて、どうするのがいいのか・・・・・・』

 

 と色々思案をしてはみたが、堂々巡りをするだけで、良い答は出ない。

 

 

 

沢木常務から、特別に指示を受けたその日の昼前に、拙速にも、中田は、新宿営業所に到着する。木村所長には知られてはまずいと、所長に挨拶もせずに、すぐに金村洋子のいるフロアーに入り、彼女と出会う。編集部署の他の者は全員が出かけていて、幸いにも彼女だけが、一人でいた。同じフロアーにある、編集係専用の小さな会議室に、金村と一緒に入り、中田から話を切り出す。

 

 

 

 彼女が本社の編集部に在籍していたころから、中田は金村洋子をよく知っていた。男が一目、彼女を見たら忘れられない程の、コケティッシュな顔立ちと、腰を少し振り気味に歩く、肉付きの形の良い上がったヒップ、足の細い腱が締まった後ろ姿は、今も健在だ。夏だからと、髪の毛をショートにしているので、今日の金村の首筋は、さわやかで理知的にさえ見える。

 

 

 

「金村さんは、お元気そうですね。どうですか、新宿拠点の編集の仕事は。順調に進んでいますか」

「通勤に少し時間が掛かるようになったのが辛いですが、この営業所の所長さんをはじめ、皆さんが親切にして頂けますので、居心地はいいですわ。ですから、仕事も順調ですし、特別難しいトラブルもありません。スムーズですわ」

「そう、それはよかったですね。なによりです」

「中田さんもお元気そうで、わたくしも嬉しいですわ。ロイド社の次期役員さんになられるのも、もうすぐかもしれませんね。お顔を拝見して安心しましたわ」

 

 

 

中田を随分と持ち上げ、媚びた言い方をする。

『他の拠点に異動にでもされたら困るから、とでも思っているのかもしれない。この人は、相変わらずだなあ』

その心情を、中田は哀れに思う。

 

 

 

「ところで今日は、何かお話があるのでしようか」

「そうなのです。ちょっと金村さんの個人的なことなので、今から、外で食事でもしながらお話がしたいのですが。この近くで、うちの社員や余り人の来ないところで、食事のできる、静かな場所をご存知ありませんか」

「少し、遠くてもいいですか」

「その方が返っていいです。僕は営業所のビルの外で、待っていますからね」

 

 

 

そう言って先に出て、中田は、営業所の下で金村を待つ。夏の太陽がいよいよガンガンに照りつけ、脳天がクラクラする感じだ。クーラーの効いた部屋から出たので、余計に日差しが強く感じられる。

 

 

 

彼女は、すぐ出てきた。鮮やかなオレンジ色の地に白の水玉模様が入った、薄い生地のノースリーブ。白のミニスカートから、すらりと伸びた形のいい白い足。そして、中田に寄り添うようにして並んで歩く。ココ・シャネルのパフュームが、開放的な気分にさせ、仕事中であることをさえ忘れさせるほど心地いい。道路沿いの並木の茂った銀杏が、辺りの空気さえ青々と照らす。二人の濃くて短い陰が、離れず後を追いかけてくる。

 

 

 

「こんな店でもいいですか」

そこは、ロイド社の新宿営業所から四つ目の筋の角を左に入ったところにある、目立たない「ジロー」という名前の小さな喫茶店だ。葉の大きな斑入りのアイビーが、形良く、店の白い外壁を伝い、ファサードのアクセントとしている。

 

 

 

「人が余り来ない方が、寧ろ良いです。何にしますか、ランチでいいですか」

「ええ、それと先に、コーラが欲しいですわ。ところで、今日のお話は、何かしら」

「ああ、僕も同じで良いです。それから、話のことなのですが」

 

 

 

テーブルの対面には、潤んだ大きな目をした、熟れて整った金村洋子の顔が間近にある。少し緊張で青ざめている。日本人の目の虹彩は、薄茶、濃い茶、濃い鼠色、黒の4種類に大別できるが、間近で見る彼女の目の色は、なぜか薄い鼠色をしている。光の加減で、薄い、薄い緑色にも見える。ロシアが少し入っているのかもしれない。鼻も高くて細い、色白だ。その本人を目の前にして、中田は、とても自分の口からは、写真の説明ができない。そこで、言う。

 

 

「まずは、これを見て呉れませんか」

地下鉄での段取りを変更し、沢木からされたのを真似て、封筒ごと彼女に渡す。

 

 

 

「なにこれっ、嘘。えぇっ・・・・・・」

みるみる金村の顔はゆがみ、そして眉毛の上を寄せる。怒りで顔色も青くなるが、次いで恥ずかしさの為か、悲しそうな面相となる。哀れにも赤面して、赤いルージュの口元も半ば開き気味だ。可哀想なことをしてしまったと、中田もヒドク狼狽する。

 

 

 

「恥ずかしいわ、よりによってこんな写真を。何を考えているのかしら。キッとあいつの仕業だわ。もう絶対に許さない。あのう、中田さんも勿論これを見られたのでしょ」

キッと中田の目を見据えて、訴えるように彼女は言う。

 

 

「あなたには、本当に済まないとは思いますが、お役目で私も拝見しました。そこにあるのが、会社の郵便受けに投函されていた写真の全てです。但し、今回の事件が解決するまでは、その内のどれか1枚の写真と、手紙だけは、念の為にもう一度、私が預かります。それ以外の写真は、全部、お返ししますので、バッグにおしまいください」

 

 

 

「副部長以外に、誰と誰がこの写真を見ましたの」

くぐもった低い声でそう言って、彼女は写真を見た人の名を聞く。

俯いたままで、写真を11枚ゆっくりと見ながら選ぶ。そして、自分の顔が大きく写っている、写真の中でも割と差し障りのない1枚を選び出し、手紙と共に、中田に差し出す。残りの写真は、バッグの奥の方に仕舞い込む。中田も、預かった写真と手紙を、持ってきた封筒に入れ、自分のカバンにある、チャック付きのケースに大切に仕舞い込む。

 

 

 人事部が見たであろうことは隠して、咄嗟に中田は嘘をつき、彼女に答える。

「人事の沢木さんからは、君にだけは見せますが、と言って直接に預かりました。他には見た人はいないと思いますが」

彼女はゆっくり頷く。

 

 

 

「ところで、金村さんはこれを撮影して、投函した人が誰かご存知の筈ですよね。先程、あいつだわ、といわれた人はどこの誰ですか。その人の名前を、私にだけ、教えて頂けませんか」

 

 

みるみる彼女の目から、涙があふれ出る。両手で顔をおおって、下を向き、ヒックヒックいいながらすすり泣きがしばらく続く。バッグからも白いハンカチを取り出し、涙をぬぐう。

 

 

 

兎も角にも、そのまま、そっとしておいてやるのが一番だと思い。中田は、注文しておいたコーラをゆっくり一口、二口と分けて飲む。その度に、傾いたコーラの氷がジャラジャラとコップの中で鳴る。やっと落ち着いたのか、金村は、泣き終わって少し経ってから、素早く手鏡を出し化粧を直し、気持ちを静めるように、ぽつり、ぽつり話し始める。

 

 

頼んでおいた、ランチが運ばれてきて、テーブルの上に並べられる。

 

 

        

「済みませんでした、取り乱しまして。親にも見せたことのない私の恥ずかしい写真を、しかも会社の上司の中田さんに見られてホントに辛いですわ・・・・。とても悲しいです。他の人達に吹聴するようなことは、絶対にしないでくださいね。私達だけの秘密にしておいて欲しいわ。ですから、中田さんはもう許してあげます。仕方がありませんもの。だけど、沢木は絶対に許せないわ。沢木にも、話を絶対に広めないようにと、念を押してくださいな」

 

 

 

彼女は、自分の秘密の姿を、中田に暴露したことで殻を脱ぎ、妙に馴れ馴れしく話し始める。泣いた後は、目と唇が濡れ、また一段と男心をそそる表情に変化している。姿態も前より一層クネクネしているように感じられる。彼女も、ランチはそのままにして、手を付けずに、コーラだけを一口飲んで、中田の質問に答えはじめた。

 

 

 

「撮影したのは、ルビーネット社の東京営業所に勤めている、島村達雄という人ですわ。間違いありません。だから、投函したのも、キット彼だと思います。島村しか、考えられません」

「ルビーネット社と言うのは、人工宝石で有名な、親会社があの近畿商会の。へえー、分からないものですね」

 

 

 

中田は、聞き直したが、正直言って当社の社員でなく、また中田の管轄内の編集部の従業員でなくて、本当に良かったと、胸をなで下ろす。中田の責任範囲外の、社外のその島村という奴は、一体どういう神経をしている人間なのかと、怒りをすら覚える。

 

 

 

「そうよ、本社の編集部時代だわ。私達は暫く同棲していたのよ。中田さんは、知らなかったと思うわ。だって、私達の秘密だったのだから。その時、島村が撮った写真に間違いないわ。あの最中に、カメラを三脚に固定して、自動シャッターで撮影したのよ。あの人は、アレと写真が本当に大好きで、その最中でも、いつもこんなのを撮るのよ。イヤだからもうやめてよ、と何回も頼んだのだけれども、結局止めてくれなかったわ」

 

 

 

「そんな彼がイヤで、イヤでたまらなかったの。結局、この新宿営業所に来る前に別れたわ。でも彼の京都の島村の実家は、大変な大金持なのよ。こんな私でも、彼は私のことを心から愛してくれたのよ。ああ、すっかり昔のことを思い出してしまったわ。いやだわねえー。ごめんなさい」

 

 

 

男との関係を、金村洋子はあからさまに喋り終え、少し上気している。言葉つきや見かけでは、全く分からないが、彼女は在日だ。

 

 

 

少し落ち着いたのか、ランチのエビフライとレタスを少しずつ口に運びながら、金村洋子は話を続ける。フォークに乗った白いライスが、真っ赤なルージュに一層白く光って見える。中田も、空腹に耐え切れず、ランチを食べ始める。

 

 

「それから中田さん、お願いがあるの。是非、聞いて頂きたいの、いい。それはね、もう決して、今後一切、私のことを追い回わさないようにと、島村に約束してきて欲しいのよ。それから、この写真のネガと、残りのプリントを一切合切、島村から取り返してきて欲しいの。お願いしていいかしら」

「分かりました。もちろんいいですよ。そうしてあげましょう。それからまた、先程お預かりした写真と手紙は、全てが判明した段階で、あなたにお返ししますからね」

「はい、分かりました。でも、手紙はもう必要ありませんから。燃やしておいて下すって結構ですわ」

 

 

 

編集拠点がまだない頃、彼女も中田と同じ本社の編集部に在籍していた。その後、中田が提起した編集拠点の推進で、本社の編集部から全国の編集拠点に向けて仲間が散っていった。彼女も同じようにして、新宿の編集拠点へと異動になり、いわば中田の興した編集業務改革の犠牲者の一人でもあったのだ。だから、彼女に何か借りがあるような気がして、彼女の願いを叶えてやることは、しごく当然のこととして、中田は受け止めた。

        

         

 

 

 

 

 

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