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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  7.「いのちの電話」前編  Back Number 保存庫

 

 

 

 

                

4.マスターの秘話

 

 

 

 

粋なマスターは、客の入りが途絶えたので、焼き鳥を焼く手を少し休める。眼鏡を外して、付いた油煙をテッシュペーパーで拭き取りながら、カウンターから出てくる。そして、マスターは、沢田達が陣取っている座敷に腰掛け、ここぞとばかりに、自分のことについて饒舌に話し始める。夜も9時を過ぎていたから、客足が途絶え、我々5人と、店の2人だけになっていた。折角マスターが話し始めたので、沢田だけ先に帰る訳には行かないから、皆と一緒に聞いている。だからマドンナは、マスターの代わりにカウンターに入って、下こしらえをしている。

 

 

 

「沢田はんが、学がありそうなので言いますが、私はね、新聞は、今でも英字新聞ですわ。英語の方が、的確によく分かるんです。長年の習性でね、そうなってしまったのです。なに、神戸・元町の、ある貿易会社に33年勤めたのですが、社長が不正を働いてですなあ、会社の資産であるべきものを、自己資産として横領していたのですわ。金に換算して、何と20億円です。それを知ってからは、もう、阿呆くそうて、阿呆くそうて。そやから、55歳で、もうサラリーマンは辞めました。辞めてから少し、もたもたして、退職金をつぎ込んで細々と家内と二人で始めたのが、この商売です。もうかれこれ、5年程になりますよ。いえ、自宅がここなんですわ。一階をカウンター付きの店舗に改造して、焼鳥屋の世界では有名な、ここの「鳥清」ブランドも権利金を払って使用権を入手して、焼鳥屋を始めました。そして、ここの2階に寝泊まりして住んでいる、いう訳ですわ」

「ああ、そんなことがあったのですか」

 

 

 

 

余り詳しく聞くと、沢田は、自分も話さなくてはならなくなって困るから、と適当に相槌を打っていたが、マスターは話を止めようともしない。一緒に席を囲んでいた部下の、山本憲一、野口悟、見崎和夫、岡田義昭の4人も、始めて聞くマスターの話に興味津々だ。酒を飲むのも中断して、聞き耳を立てている。店の中は、壁も白く、蛍光灯の球にも油煙が少しも付着していなくて、良く手入れがされている。マスターと、このマドンナの清潔好きを表わしている明るい店だ。香ばしい焼き鳥の臭いで、店内は満たされている。

 

 

 

 

「この商売はですなあ、開店して1週間目、そして1ヶ月後が、ホントの勝負ですわ」

「どういうことですか、それは」

「誰でも開店直後は、大勢で来て呉れはります。物珍しいでっしゃろ。せやけど、2日、3日、4日と経つと、段々と来て呉れなくなりますわ。1週間後には、誰も店に来なくなるのが普通なんですわ。その後も、パラパラとは来てくれますが、こんな状態で1ヶ月も保てばいい方です。せやから、開店して1ヶ月後には、殆どの店が潰れますのや。水商売は、恐ろしい商売でっせ」

「ええっ、そんなに厳しい世界なんですか」

 

 

 

 

沢田が注文した、氷の入った、焼酎の烏龍茶割グラスをマドンナが運んできて呉れて言う。氷が背の高い、薄いグラスに当たり、透き通ったシヤカ・シヤカという良い音色を立てている。

「そうなのよ、だから私がここで働きだしたのよ。丁度、開店後の4年目だったわ。マスターにしつこくせがまれてねえ。不振だった店を盛り返したいと、土下座までして頼まれたから、断り切れなくてね。それで、暫くここで働くことにしたのよ。私も働かないといけなかったからね。バイトでね。それが、かれこれ1年近くにも、なってしまったわ」

 

 

 

 

「沢田はんに、焼鳥屋経営の秘話を披露しましょうか。つまりですなあ、見せかけの色々な仕掛けを上手に作っておかないと、人は興味を持ってくれないのですわ。お客さんは、飽きっぽいですからね。ですから、ウチの北側100m先に、綺麗なハイカラな飲み屋が、最近、出来ましたやろ。今は、結構、客が入っているようですが、多分1ヶ月後には、店は無くなってまっせ。ですから、ワシは全然心配してえしまへん。これも、綺麗な、頭の良いマドンナが居るお陰ですわ。マドンナは人扱いが上手いですからね。頭も良いし、気働きも出来る人で、しかもクラブもやっていた人ですから、完璧ですわ。せやから、ウチは、年々歳々と、お客さんが増えているのですわ。もう1つは、焼き鳥の味ですなあ。1回でも手を抜いたらダメでんなあ。味が不味いと、人伝てにスグに広がります。この商売は怖いでっせ」

沢田は、マドンナの顔を改めて見つめて、今までとは違う、経営者の顔をした吉田英子を発見するのだった。

 

 

 

 

「まあ、マスターったら、そんなに誉められると、困ってしまうわ。沢田さんも見つめているじゃない。今日はもう、このぐらいにしてはどうですかねえ。憲さんも、沢田さんも、もう帰る時間でしょ」

初めて、マドンナが沢田の名前を呼ぶ。名前が覚えられていたのだ。沢田は、少し警戒するが、彼女の人となりに大変に興味を持ったので、もう少し深入りしたいと思うようになる。

 

 

 

 

 

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