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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  7.「いのちの電話」前編  Back Number 保存庫

 

 

 

               

9. 課内の人間模様

 

 

 

 

 

梅雨が終わり、初夏の暑さが加わった木曜日の今日は、ビールを飲むのに丁度よい頃合だ。沢田達は、仕事を早々に切り上げ、夕方の7時頃に、いつものメンバーで「鳥清」に繰り出した。今夜も、その狭い座敷の一番手前の、いつもの席で、職場の山本憲一以下、野口、見崎、岡田という4人の部下と、沢田の5人は、窮屈そうに狭い座敷にあぐらをかいて座している。

 

 

 

「沢田課長、今日は何にされますか」

沢田は、入社して4カ月が過ぎて、課長に昇進していた。宣伝広告と企業広報の体制を作り、社長賞も二回も貰い、株主総会の事務方メンバーの一人として、無事に総会も切り抜け、その論功行賞であった。お調子者の見崎和夫が、役職名を言って機嫌をとる。

「ああ、僕は生ビールの大ジョッキと、つまみは、手羽先がいいなあ。見崎君、これを頼みます」

見崎は、皆の注文も聞いて、マドンナに声を掛ける。沢田が生ビールにしたからと、皆も同じように、大ジョッキを頼んでいる。この会社は、上司を立てなければならないのだ。最初の頃は、ある意味で窮屈さを感じていたが、今では慣らされて、沢田も心地よさを感じている。

 

 

 

彼等の今日の話は、会社で先程まで検討していた、3ヶ月先に迫っている展示会のことだ。先程までの話題が、再び沸騰してきている。

 

 

 

北川社長から聞いていた、憲さんの人となりを配慮しながら、沢田は慎重に、山本憲一に対して話をしている。

「山本係長、今回の展示会についてはですね、こう思うのです。まず各事業部の担当者に出会って頂いて、彼等から出品リストを提出させることから始めましょうや。今、担当されているカタログでお忙しいことは、分かりますが、早速に、まずこれをやらないと始まりませんですわね。見崎君では、チョット荷が重すぎますから、事業部の担当者と懇意の間柄の憲さんに、まず動いて欲しいのです。私の方は、新聞記者との取材のアレンジで、来週は一杯に詰まっておりますから。ねえ憲さん、お願いしますよ。必ず、来週中ですよ」

「沢田課長、はいよく分かりました。仰るように、来週に出品リストを作ります」

返事は素晴らしいが、翌週末には「済みません。失念していました」が返ってくるから、要注意なのだ。だから、途中で必ず、チェックを入れなければならない。

 

 

 

 マドンナが、頼んでおいた生ビールの大ジョッキ5本を、2回に分けて運んで、沢田達の前に並べてくれる。今日は、先日とは打って替わって、沢田に対しては、よそよそしい他人行儀の対応だ。店の中は9割方、埋まっており、客で大混乱しているからだろうか。ピンクのノースリーブのサマーセーターを着て、白のミニスカート姿の、今日のマドンナは、生き生きとして、なぜか眩しくさえ見える。先日の姿とは、異なることもあって、何か近寄りがたい雰囲気さえ揮散している。

 

 

 

マドンナは、次々と、客の注文をさばく。沢田達の処は、知った間柄なので、どうしても後回しになる。後回しにされても、この身内扱いされていることが、むしろ特別扱いをして貰っているのだと、善意に受け取っているから、誰も文句を言わず、突き出しだけで生ビールをチビチビ飲んでいる。

 

 

 

 とうとう順番の最後になって、頼んでおいた彼等の焼き鳥が運ばれてきた。

「憲さん、おまたせでした。マスターからの、一皿サービスだって。良かったねえ。見崎ちゃん」

沢田の方へは、全く視線を送らずに、相変わらず他人行儀な態度のままである。むしろ、意識して、そうしているようにも思える。先日の、沢田への接触を、他の者に知られたくないと思っているからだろうと、沢田は、自分に有利な解釈をして、勝手に憶測する。

「マドンナさん、ありがとう御座いまーす。課長どうぞ、サービスですって」

そう言って、太鼓持ちの見崎が受け取って、サービスの盛り合わせをテーブルの上に並べる。見崎は、我先にと、早速にも大好きなレバの串を一本、手にしている。

 

 

 

その後、仕事の話は、一段落したのか出なくなる。入社3年目の若い見崎や岡田は、専ら女子社員のことを話題にしている。中途で入った沢田が、ここでは、だから一番に社歴が短い。彼の課内には、この男性社員4人の他に、5人の女子社員もいる。女性達は、皆それぞれに美人を選んで、揃えてあった。広報と宣伝がメインの仕事で、会社を代表して、対外的に接する仕事であったからだ。同志社卒の見崎は、課の中の、木内というスタイルが良く学卒で頭も切れる理知的な女性に、岡田は佐藤という化粧の濃い肉感的な女性に、ぞっこんであった。ところが、大人しい広報担当の野口も、木内女史にご執心だったから、見崎と野口の間柄は良くいくわけがない。課の中で、野口とその木内女史だけは広報を担当していた。宣伝担当の見崎が、広報担当の女性に越境恋慕していることになるから、野口も機嫌が悪くなるのは当然である。課内の人間関係を知っておくことも、もう一つの大事な仕事だから、沢田は彼等の気持ちまでを、もう既に掴んで知っていた。

 

 

 

彼等の話を、させたいようにさせ、相槌だけを打って、聞いているような振りをして、沢田は専ら、昨日のマドンナからの信号の意味を考えている。或意味で、虜になっていたのかもしれない。かといって、部下達に悟られてはならないと、沢田もマドンナに視線を送ることだけはしない。客は、パラパラと散り始め、2時間後の9時過ぎには、彼等のグループとカウンター席の1人だけになる。沢田は、ここが頃合いと見て、場を締めて、全員で割り勘にして勘定を済ませる。一人当たり、2600円ずつを支払う。すると野口が、明日の金曜日は、朝一番で取材があるからと、急いで先に退散する。暫くすると、見崎と岡田も連れだって店を出る。何故かマドンナと、奥の方でこそこそ話していた憲さんも、暫くして戻ってくる。

「じやあ、沢田課長。私もお先に、失礼します。お休みなさい」

そう言って、先に帰る。とうとう、客は、カウンター席の奥にいる見知らぬ男と、座敷の沢田だけになっていたのである。

 

 

 

 

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