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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  7.「いのちの電話」前編  Back Number 保存庫

 

 

 

 

               

10.タクシー協会の理事長

 

 

 

 

 

 

沢田も、今夜はもう頃合いだと感じて、そろそろ帰ろうと、カバンを抱えて立ち上がる。すると、カウンターの奥で座っている男の前で、立っていたマスターの中田肇が、手招きして、大声で沢田を呼び止める。マスターの縁なし眼鏡だけが、光を反射して白く光っている。

「沢田はん、折角ですから、こっちに来なはれや。紹介したい人がおます」

 

 

 

そう言われて、振り向いた沢田は、座敷を降りて靴を履き、カバンを左手に提げて立ち上がる。言われたように、奥のカウンターの止まり木に座っている男の側の席へと進む。帰っても、誰かが待っている訳ではないので、導かれるままに、一つ間を空けて止まり木に座る。カバンは空けたその席に置く。見知らぬ男が誰だか分からないから、男からの距離を取ったのだ。すると、マスターが言う。

 

 

 

 

「沢田はん、ここからは僕からの奢りですから、どうぞ、自由にやっと呉れやっしゃ」

と言って、マスターは、沢田が好きな、氷入りの烏龍茶割焼酎のグラスと、焼き鳥の肝が5串載った皿を、沢田の前のカウンター席に並べる。そして、こんなことを切り出したのである。

「このお人はなあ、京都の個人タクシー協会の理事長をされている、いや自分でも運ちゃんをしている、森田義男というお人や。それから、森田はん、このお人が、先程話していた、沢田はんや」

と、二人を紹介する。沢田も森田も立ち上がって、名刺を交換する。名刺を見ながら二人は元の席に座るが、森田という男はマスターと同年輩に見えるが、シャンとした中田に比べ、小男で、仕事柄か、随分と猫背になっている。そして黒縁の眼鏡を掛けており、何か陰気くさい男だ。

 

 

 

 

「沢田はん、遠慮のう焼き鳥も喰っとくれやっしゃ。実はなあ、この森田はんが、東邦電機の社用車タクシーとして、森田はんの協会を使こうて貰らえへんやろか。となあ、

言うてはりますねん。どないな、もんでっしゃろか、沢田はん」

 

 

 

マドンナは、客も居なくなったので、沢田の左側の席に座って話を聞いている。沢田は、この話は一度持ち帰ってから、後日改めて返事をするのが礼に叶うだろうな、と一旦は考えたが、この陰気くさい森田の顔を見ていて、先に結論を言っておいた方が、後腐れがなくて、寧ろ良いだろうと判断して、ありのままの結論を、正直に言ってあげようと思った。

「さあ森田さん、今日はご苦労さまでした。まずは、一杯どうぞ召し上がって下さい。お注ぎしますから、どうぞ」

彼の前においてあった、瓶ビールを手にとって、森田のコップにビールを注ぎ足す。しかし、殆どビールには、手を付けようとはしない。これからも、仕事があるようだ。沢田は、事実関係の確認の為に、森田に、こう聞いてみる。

 

 

 

 

「森田さんは、協会の理事長をされているのですって、スゴイですね。ところで、その協会には何人ぐらいの運転手さんが加入されているのですか」

「ワシの処の協会はなあ、辺鄙な右京の上の方が中心じゃさかいに、大体15人位かのう」

疲れたように、小さいかすれた声で言う。隣のマドンナも合いの手を入れてきた。

「前の、エカテリーナの時には、森田さんの処にも専属で頼んでいたのよ。こういう協会が、京都には78つはあるわよ。その中でも、森田さんところは割と良心的なのよ。約束は守るし、お客様とも仲良くやって呉れていたわ」

「そうなんです、当時、エカテリーナは流行っていたお店でしたから、随分と儲けさして貰いましたわ。有り難いことに、遠出が多くてねえ。マドンナさんのお陰です。その節は、大変にありがとうございました。そういう訳で、沢田さん、何とか出入りできるようにお願いしたいのですが。いかかですかねえ」

『そういうことか、するとマドンナも、この話には、一枚噛んでいるということだな。先程、奥で憲さんと話していたのは、このことだったのか。では、尚更に結論は早い方がいいかも知れない』先程の山本憲一の挙動の意味に、沢田も気付く。

 

 

 

 

「森田さん、折角の申し入れについてですねえ、水を差すようで、誠に恐縮ですが。当社の社用車タクシーは、この京都では、礼儀正しい会社で一番有名な、MYタクシーと決められています。北川社長が、決められたことです。そこ以外は全くダメのようですよ。ハッキリ申し上げまして、無理ですね」

 

 

 

 

何を思ったのか、マドンナの吉田英子が、声を強めていう。

「ほら、言った通りでしょ。東邦電機の北川社長には贔屓スジがあるのよ。沢田さんは、まだ知らないと思うけれど、東邦の役員さんは、殆どがハングル系の人よ。だけど、北川社長は漢字系だけど、日本に帰化された人なのよ」

『えっー、どういうことだ。役員さんも、社長もかよう。頭が混乱するよな。そうだったかのか。雰囲気や風土が、道理でどこか変な具合だとは、思っていたが、それでか。北川社長が日本人をえらく毛嫌いしているのは、そのこともあったからか。だから、金と機械だけを信用しているという訳なのか。だからなんだ』

沢田は、マドンナの口から、このとき初めて会社の秘密を知ることになったのである。

 

 

 

 

また、この話を聞いて、沢田は、もう1つ、或ることを思い出した。ここに来て、間もない或日の夕刻のことだ。寮の二筋先の道を散歩している時、大変に気分が悪くなり、何かにすがりたい気持ちになった。ふと見上げると、トンガリ屋根に十字架が掛かった、ごく小さな白い壁の教会が、偶然にも目に入る。沢田は、衝動的にそこに駆け込む。自分が若い頃に、キリスト教会に何回か行っていたことを、思い出したからだ。玄関のドアに手を掛けたとき、ガラス戸に見慣れない文字が貼ってあるのに、沢田は気付く。ハングル文字だ。その人達が行く教会だったのだ。慌てて、飛び出したが、このとき初めて、この付近に、その人達が多く住んでいることを知った。

 

 

 

マドンナの話から、頭の中で、三月程前の自分の姿を追っていた沢田は、森田の言葉で我に返る。火を付けた森田が、今度は自分で火消しに回って、この話を締め括っているではないか。

「沢田はん、よう分かりました。いえ私もね、マドンナさんから薄々聞いていましたので、多分駄目やとは思ってましたさかい、気にしないで下さいなあ。憲さんに聞いても、ハッキリ言って呉れないので、困っていたんですわ。これで、仲間にも、早う結論が伝えられて、返っていいですわ。沢田はんは、信頼できるお人や」

先程と違い、晴れ晴れとした顔で、ケロッとして、こう返事をする。沢田もホッとして肩の力を抜き、飲みかけだった烏龍茶割・焼酎の残りをジャラジャラという氷の音と共に、一気に飲み干す。マスターは、気遣って、もぅ一杯用意して呉れる。やけに、今日は親切だ。沢田は、話の次に、また何か来るかも知れないと、思案しながらも、これも一気に飲み干す。今夜は、隣室に男の客が来ない日だから、酔いに任せてグッスリと眠りたいからだ。

 

 

 

 

「いのちの電話」の前編が、これにて全て終了致しました。続けて、後編をお読み下さい。同じく10項があります。

 

 

 

 

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