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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  7-後.「いのちの電話」後編 Back Number 保存庫  

「いのちの電話」後編が、メインページで掲載が始まりました。主人公、沢田啓介の単身赴任時代の6カ月に一体、何があったのか。今、初めて明かされる、彼のドラマであります。ここの保存庫で、続けてお読み下さい。

 

 

            

いのちの電話

  (後編)                             

 

      

 

 

 

 

 

                         

11. マスターの告白

 

 

 

 

マスターが気を使って、更にもう一杯の烏龍茶割を、沢田に勧める。テーブルには、つくねと塩焼きを盛った皿が新しく載っている。マドンナが焼いて呉れていたのだ。

「沢田はん。ありがとう御座いました。私も、前々から森田はんに頼まれてましてなあ。よう解りました。ありがとうおす。もう一杯、飲んどくれやす。沢田はん」

「沢田はん、今度はなあ、僕の方の話なんや。なあ、マドンナ。ええやろ、話しても」

今度は、マスターが自分の話を、持ちかけてきたではないか。時計は夜も10時過ぎを指していたが、その後に、客はもう一人も来なくなっている。それでも今日は、都合340人の客が来ただろうか。すると、大体15万円前後の売り上げになるか。ならば、長居をしても良いか、と沢田も計算してみる。

 

 

 

 

「結論を先に言うわ。僕なあ、このマドンナに結婚を申しこんだんや。3日前に。案の定断られましたがな。歳の差も256もあるしなあ。無理やとは、思うとったんやが、矢っ張り振られましたわ。ワッハッハッハー」

突然の話で、沢田も気が転倒する。すると、何を思ったのか、先程のタクシー運転手の森田が席を立って言う。

 

 

 

「マスター、おおきに。ごちそうになりましたわ、おおきに。それからマドンナはん、今夜も、例の西院のうどん屋の前で、車停めて待ってるさかいにな。今日は、絶対に家に帰らんとあかんで。卓也も待ってるしなあ」

「おおきに、森田はん、今日は七条御前の家に帰るわ。昨夜はここに泊まったさかいに。卓也も寂しがってる、やろしなあ。待ってて呉れる。11時頃にしょうか。じゃあ、また後でね」

そう言って、森田はしっかりした足取りで外に出る。「鳥清」には、マドンナの顔を見ながらの、食事に来ていたのだ。

 

 

 

 

何だか、話が錯綜している。沢田は、頭の中で人間関係を整理してみる。

『吉田英子という、ここのマドンナは、足代わりに森田のタクシーを使っているようだ。昔に、随分と森田の面倒を見てやったからだろう。すると、このマドンナには、先日の卓也を釣りに誘い出していた鈴木という男と、ここのマスターの中田、そして運ちゃんの森田という三人の男が群がっているではないか。まるで女王様じゃないかえ。へえっー、大したものだ。いや待てよ、マスターには奥さんがいた筈だが、不思議だなあ。聞いてみるか』

 

 

 

 

「マスター、大変ご馳走になりました。ありがとう御座います。今、振られたと言われましたけど、冗談を言っておられるのでしょ。だって、最初この店に、来始めた頃は、確かご年輩のご婦人が居られましたが。あの方が奥さんでしょ。私は見ましたけど」

「そうやったかなあ。そうかも知れんなあ。ワシが離婚したのは、今年の5月の頭やったし、そやそや、そういえば見られていたかも知れんなあ」

「そうでしょ、カウンターの中で支度をされていた方でしょ、奥さんは。そうですか、別れられたんですか」

 

 

 

 

「あいつはなあ、癇癪持ちやったんや。カウンターの中で子椅子に座って、鳥に付けるネギとか獅子唐の支度や、また赤出汁作りをやらしておったんやけどな。あいつが下を向いて獅子唐をより分けているときに、たまたまワシが手を洗った時に、ワシの手先から、あいつの首筋に一滴、しずくがポタッと落ちたんや。そしたら、『何すんのや』、いうて激怒しましてなあ。『お前、わざとしたやろ、もうこんな店に誰が居るもんかい』と、即座にどこかに出て行ってしまいましたんや。僕が、例の会社を辞めてから、仲違いが多くなってなあ。つまらんこっちゃ」

「お子さんは、おられないのですか」

「いや、子供もおりまっせ。高二の女の子と、中一の男の子がおります。出ていって、それっきりですわ。後日、自分の判を押した離婚届けが送られてきましてなあ、僕も判を押して役所に届けましたわ。子供には可愛そうですが、もうホトホト疲れましてなあ。あいつは、今どこにいるか、私も知りませんが、伏見の方で、母親がまだ生きていて、一人で住んでいるとか言うてましたさかいに、多分そこに居るのとちゃいますか」

 

 

 

 

「それからというもの、マドンナには、時々ワシの子供の面倒も見て貰っているのです。子供も、よう懐きましてなあ。もう、我が家のお母ちゃんですわ。私は、マドンナには、一切手は付けてはいませんで。子供のことを考えて、それで来て欲しいと言うとるだけですわ」

テーブルを拭いて、今日の後始末を始めていた、マドンナが横から口を出す。大声だ。

「マスター、嘘ついたらあかんで。昨日の夜、遅くなったから泊まれ、泊まれ言うといてからに、夜中に迫ってきたやないか。私が寝ているときに。私を安っぽう見んといてんか。クラブのオーナーやった女やで、そんじょそこら辺の給仕女とは違うんよ。私を、誰やと思てんのや。今後一切、変な事、せんとってや。したら、もう、こんな店、スグ辞めたる」

吉田某との夫婦喧嘩と見違う迫力だ。仲々に気が強い、堂々たる女である。

 

 

 

 

高い背をすぼめて、眼鏡越しに目をしょぼつかせて、うつむき加減に、マスターが言う。

「すまん、すまん。つい魔が差したんや。あっちの方は、とっくに退化してるさかいに。どうもないのやけどな、なんか、切のうなってきてなあ。チョット、君と手を繋ぎたかったんや。それだけや」

「よけいに、困るわ。誰がオジンと、手をなんか、繋ぐもんか」

かれこれ、11時が迫ってきている。沢田は、気を利かせて、この場を締め括る。

「まあまあ、それぐらいにして。今日の処はここまでにして、もう打ち止めにしまひょ。ねえ、マスター」

「おお、そやったなあ。ほんなら、店仕舞いするか。ああ、それから沢田はん、この子をなあ、さっきの運ちゃんの話の、西院のうどん屋まで、送ってやって呉んか。あの森田ちゅう男も、なかなか隅に置けん奴やさかいに。その方が、ワシも安心やし。なあ、沢田はん、頼むで」

 

 

 

 

「ああ、良いですよ。近くですから、お易いご用ですわ」

それを聞いて、マドンナは、カウンターの奥に作ってある二階への階段を、急いで登る。そして、地味な目立たないモスグリーン色をした、長めのコートを上から羽織り、ミニスカート姿を隠している。左手には昨日の着替えが入っているのか、膨らんだ手提げの大きめの紙袋を下げて、降りてきた。先程までの、ピカピカのマドンナから、ヨレヨレのおばちゃん姿に大変身だ。これなら、襲われる気遣いはない。

「じゃあ、沢田さん一緒に帰りましょうね。じゃあ、マスターは、今夜はね、大反省して独りで寝てくださいな」

先程のキツイ吉田から、いつものマドンナに戻っている。しかも、沢田と一緒だからか、足首もピンと張って、揃っている。

 

 

 

 

店を出ると、辺りは真っ暗で、街灯の光とネオンだけが点滅している。深夜に近いので、心地よい冷気が、もう漂い始めていた。「鳥清」から西院までは、南西方向に歩いて、ホンの45分だ。店の角を西に折れて、200m程無言で歩いた二人は、横に並んでコツコツと靴音を立てている。マドンナは小柄なので、彼女の頭は、沢田の肩を辛うじて越えている。もう、「鳥清」の中田からは見られない距離になったのか、歩道の左側を歩いていたマドンナが、自然に沢田の左腕を自分の胸の中にいれて、両手で抱くようにして体を寄せてきた。沢田の顔を見上げて、先程の2階で付け直したローズ・ピンクの唇を開く。そして、低い声で言う。

「沢田さん、分かって呉れたでしょ。マスターまでもがよ。3人のオッサンがしつこくて、私ホントに困っているの。ねえ、助けて欲しいのよ。沢田さん。明日の金曜日の夜は、絶対に一人で店に来てね。必ずよ。約束したわよ」

 

 

 

 

目立たないコートを羽織っているとはいえ、なま暖かい女性の体温とシャネルらしい、いい香りが、沢田の脳を刺激する。彼女の好意も、肌で感じる。暫く女から遠ざかっていた沢田は、このままマドンナを抱き締めてやりたいと思ったが、妻の顔を脳の中に見て、沢田は辛うじて自制する。そして、西院の約束の場所に着く。先程の、マスターの忠告が耳に残っている。だから、タクシー運転手の森田には、2人の姿を見せて置いた方が、寧ろ良いと判断して、腕を組んだそのままの姿で、タクシーに近づき、車のドアをノックする。

 

 

 

 

「森田さん、お待ちいただいて、ご苦労様です。それでは、マドンナさんを、七条御前の家まで、お願いしますよ」

そう言って、吉田英子を後ろの客席に座らせる。森田は、不機嫌な顔をして、何も言わずに、車のドアをバタンと締めて、一気に加速し、南方向に走り去った。テールランプを見ている沢田には、その残像が、神経症から抜け出られる、一筋の希望の光の様に思えるのであった。

 

 

 

 

400字詰換算で118枚の長編シリーズですから、日曜日と水曜日の、週2回掲載とします。この場所で続けてお読み下さい。尚、掲載の終わったものから順に、保存庫に収納されます。保存庫の下にある、[1]〜[10]を順番に開いて、続けてお読み下さい。尚、前編は、前の保存庫に全てが入っています。

 

 

 

 

 

 

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