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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  3.「そして悔恨の日々」 Back Number 保存庫
                 

 

3.手口     

 

 

 

 

編集管理部の篠原部長の席の側に机を置いて、部署の庶務的事項を処理してくれる、また部全体の出納伝票の受付を担当している女性がいる。名前を、猪口良子という。

 

元々は篠原が、自ら面接して自分の秘書もやらせようとして採用した女性である。日常の業務を通して教育されてきた女性であるが、身分はアルバイター。身分はアルバイターでも、なかなかの美人で心根も優しく、記憶力も抜群で処理能力も早く正確。依って、仕事も良くできる。結婚もしていたから、部の若い社員からもお母さん、お姉さんと呼ばれて、大変に信頼されていた。

 

篠原の入院中には、彼女が田淵の秘書としての役割も兼務していたが、彼女が違う主人に仕えることになったので、田淵と猪口との間は何となくぎこちなく、他人行儀な関係となる。

 

田淵は、何を頼んでも、何か上の空で、軽くあしらわれているように感じて、心が通わない窮屈な思いをしていた。また一面、田淵が彼女に何を頼んだか、どこに電話していたのか、誰と話していたのか、どんな仕事をしているのか等が、どこかで篠原に筒抜けになっているように、感じていた。

 

篠原が入院中も、彼女は、篠原に届いた文書やFAX、或いは尋ねてきた人、掛かってきた電話の主とその用件、他部署の動き等を携えて、3日に1度は、篠原の病院まで出向いて届けていたからだ。部長の所へ行ってきますと、何時もニコニコとして書類ケースを抱えて、いそいそと外出するので、田淵は彼女を疑っていた。

 

初夏のある日のこと、輸入紙専業の渡辺紙業という紙屋と値段の交渉をして、さあ発注に入ろうとしていたとき、篠原から突然に電話が入り、田淵は怒鳴りつけられた。新規参入の紙屋ではあったが、輸入紙ではあるけれども、紙質も良いし、コストも安い。小型の非定期的な印刷だったから田淵が決めたのだ。

 

「田淵君、渡辺紙業とかに発注する、その発注は中止だ。これは、厳命だ。越パの中嶋営業部長との取り決めで、今期の、紙の製品別割り当てトン数は、決められているのだ。江嶋社長も先刻ご承知のことだよ。

 

だから、これは越パに発注することが、期初から決まっていることなのだ。勝手にいじくる様なことはしないで呉れ」

えらい、剣幕だ。

 

越パとは、製紙業の大手である越後パルプのことである。他の紙業メーカーとの取り決め単価よりも、同じ種類の紙で、0.8%は高く設定してある。紙には、厚味の他にも、上質紙、中質紙、コート紙等の紙質の種類がある。紙厚と紙質を同一にして比較しないと話にならない。

 

しかもkg幾らで価格を取り決めることになっている。1歩弱も高いということは異常な高さである。篠原の言い分は、こうだ。

 

「君のような印刷のド素人には、とても分からないだろうが。紙の価格は生き物なのだ。量と価格は世界的な紙市場の需給関係で変動するのだよ。我々が一番腐心するのは、我々のように紙を多量に消費する、しかも定期的な印刷物にあっては、まず量の確保が大前提なのだ。

 

同じ斤量の紙で安いからといって、他から買うという一過性のものではないのだよ。だから、越パとの間で価格を取り決めて、代わりに安定供給を委託していると言う訳だ。そんなことをして、越パから紙が入らなくなれば、当社の事業は成り立たなくなるのだ。こんなことも、お前は分かっていないのか。ド素人」

 

電話の先で、珍しくガンガン怒鳴りつけてくる。こんなに昂奮した篠原の声を聞くのは初めてだ。直感で、裏に何かあるぞと、田淵は感じた。

 

『痛いところに触られると人は怒るものなのだ。越パの中嶋部長とは、篠原が日版印刷時代の前職からの長い付き合いだとは、前々から聞いて知っている。ここから抜いているのかも知れない。今は、輸入紙がふんだんに入るようになって寧ろ、量の確保は容易になっている筈だ。

紙質もドンドン良くなっている。

 

 他の出版社から聞いた話でも、コストの安い輸入紙に切り替えている会社が多い。何故なら、印刷部数が50万部を越えると85%が紙代になるからだ。ロミー商会のように、全印刷物トータルが3000万部、印刷費総合計が150億円もの規模になると、約130億円前後が何と紙代となる。130億円の1歩は1.3億円だ。これを皆で分け合っているというのか』

田淵も、素早く頭の中で組み立てる。

 

印刷機に掛けるいわゆる「印刷通し代」は微々たるものになってくる。いかに安い紙を仕入れるかに、このビジネスの観点があるのだ。田淵も、田淵なりに新しい視点で勉強もし、出向いて他の出版社の専門家にも話を聞いたり、印刷コスト・セミナー等にも出席して或程度のコスト削減の観点は頭に入っていた。

 

加えてもう一つは、田淵の持論の、「分散から集合」理論だ。紙も集合して、1社からドンと買えば、もっともっと安くなる筈だ。篠原の工作は見え透いている。

 

篠原は、普段から電話で、ここには触れられたら困るとの防波堤と、猪口良子から、紙について調べ廻っているということを聞いていたから、田淵にクドクドと指示を出していた。

 

「紙はワシがやるからな、君は製版代、通し代、原稿製作代等の印刷関連経費だけを注視していてくれればいいのだよ。一切、余計なことに手出しをしないで呉れよな。絶対だぞ」

 

 

 

 

 

 

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