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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  3.「そして悔恨の日々」 Back Number 保存庫
                 

 

 

 

 

 

4. 疑念と暗号

 

 篠原が入院しているとき、N大学に行っているという彼の息子が、一度会社に遊びに来たことがある。社員でもない者が、部長の息子であるという理由だけで、会社に来ること自体が異であるが、課長の大滝と親しかったからだ。

 

たまたま、偶然にもその場に居合わせていた田淵は、その派手な遊び人風の風体を見てビックリする。また、印刷管理担当の大滝課長との話の内容を聞いて、大変に疑問に思う。

 

大滝課長は度々、篠原部長の家に訪問していたから、特に息子とは親しい間柄の様で、篠原の息子とは友達感覚で、明け透けに会話をしている。彼等の話を、聞くともなしに聞いていた田淵は、その話から色々な情報を入手するのである。

 

 

 

親父が胃潰瘍の手術で入院しているというのに、@息子が親父の篠原三郎から外車を買って貰ったということ、A夏休みに一ヶ月間も、ハワイでサーフィン三昧であったこと、B親父が会員のゴルフ場で月に3回は友達とゴルフをしていること、C親父のそのゴルフ場の会員権は埼玉県下で2カ所を持っているということ、等だ。

 

部長といえども、篠原は一介のサラリーマンに過ぎない。家のローンを払うのに、皆は精一杯だ。なのに、この豪勢さはどうだ。直観的に、田淵は、篠原が会社から金を抜いている、或いは何かの事業をしているに違いない、と判断する材料を手に入れるに至った。問題は、どういう方法で、どれ位を抜いているかだ。そしてまた、どういう方法で、これを調べ上げるかということだ。

 

 あるとき、偶然にも篠原の自宅に訪問する機会に恵まれた。大宮にある、鈴木製本の製本現場に立ち会いに行くからといって、大滝課長が田淵を誘ってきたからだ。

 

本人は、ごく軽い気持ちで、製本の現場を、田淵に見せておこうと考えて言ったことだったのではないかと思うが、他に深い意図があったとは考えられない。しかし、もしかして本当は、田淵の知らないところで、篠原の陰湿な深い意図と筋書きがあったのかも知れないと、最近になって思うことがある。

 

そのことは別にしても、この製本現場の見学に同行して、更なる疑惑が田淵の心の中に起こってきたのだ。そして、驚くなかれ、あろうことか田淵自信が、奥深い事件に巻き込まれる羽目となったのである。それは、こんな単純な、大滝の誘いの言葉から始まった。

 

「田淵さん、今日の午後にですね、大宮にある鈴木製本で、今丁度、女子産業編の製本をしていますのでね。一度、製本現場の立ち会いに、ご同行を頂けませんか。入院されている篠原部長からも、一度お連れするようにとの言付けもありましたので、今から、私と一緒に是非ご同行ください」

 

「ああいいよ。一緒に行こう。ところでね、その本紙の印刷はどこの工場でやったのだい」

「ああ、それは以前に説明しましたように、日版印刷の沼津工場ですよ」

 

『静岡の沼津で印刷したものを、どうして大宮で製本するのだい、おかしいじゃないか。産業版は50万部だから、本紙はトラック4台分だぜ。運賃も随分掛かる筈だよ。どうなっているのだ、これは』

田淵は、自問自答する。

 

大宮のその製本会社までは、何故か会社の下に来て待っていた大型の黒塗りハイヤーで送られることになる。えらく豪勢じゃないかと聞くと。大滝課長は平然と何でもないように言う。

 

「製本会社が私達のためにと、気を使ってやってくれたことですよ。雨ですし」

高速道路を使い、小一時間でその製本会社に到着する。梅雨時の、ジトジトする嫌な細い長雨も、まだ降っている。

 

 その製本会社は、鈴木製本鰍ニいって、社長は鈴木義男と言う人だと大滝から聞く。鈴木社長は、今日は商用で東京に行ったとかで不在。

 

『ああそれで、気を遣って車を用意したということなのかな。しかし、この会社は、まるで家内工業じゃないか。誠に小さな工場で、製本会社というのには。おこがましいほどの小規模の会社じゃないかえ。よくぞ、こんな会社に発注しているなあ。大丈夫なのかい』

 

と、田淵は、半ばあきれ果てた。すると、大滝が聞いていたかのように言う。

 

「この鈴木製本はですね、実は篠原部長の奥様の弟さんがやっておられる、会社なのですよ。ここを使うようになったのは、2年前からです。篠原部長がそう決められました。何でも、鈴木義男社長は、以前は商社にお勤めだったようですが、3年前に脱サラして、この製本会社を始められたと聞いていますが」

 

『どういうことだよ。この大滝という奴は、ペラペラと何でも喋ってくるが。これも篠原の指金かもしれないな。こんなのは、分かった上で、義理の弟の事業を助けることが目的で、意図して鈴木製本に発注してやっていることじゃないか。こんなことは、勤め人として許されない事項じゃないのかえ』

 

大滝が言う

「篠原さんはですね。奥様と大変に仲がいいのですよ。部長の奥様は大変な美人ですよ。そのせいかもしれませんが、奥様の言われることに、部長は弱いのです。

 

だから、奥さんから弟の事業を助けてやってよと言われて、部長が一肌脱がれて、決断されたことの様ですよ。製本経費は沼津でやろうが、ここでやろうがそんなに大きくは、違いはありません。だから、義理の弟を助けるためにも協力してやってくれないかねと、私にも部長は頼まれたのですよ。僕らは、実は、人間味のあるこんな部長を尊敬しているし、また部長から頼まれたら断れないのですよ」

 

「ところで、この鈴木製本の製本技術には問題はないのかな。製本の歩留まりが悪いと、印刷した本紙が無駄になるから、結局トータルコストが上がることになるからなあ。その点はどうなの、大滝君」

 

「さすがスルドイですね。おっしゃることは、ごもっともです。当初は、半年間というものは大変でしたが、今は落ち着いてきています。歩留まりも上がり、現在は92%程度に向上しています。後、もう少しです。

 

しかし、僕らの気持ちを分かってくれているので、仕事がし易いし、また、納期などの点で僕らの無理も聞いて貰えますから、別の意味のメリットもあるのですよ。僕らの仕事は、最後は納期が問われるのです。ここは、イザとなったら徹夜してでも、翌日には納品してくれますからね。大手の製本屋では、なかなか、こうはいかないのが現実です。僕らにとっては、ここが、納期の辻褄合わせをするという、貴重な最後の砦なのですよ」

 

『大体に、構図が見えてきたぞ。身内の会社に発注することで、裏でリベートを取っているのだろうな。義理の弟からペイバックさせればいいことだから、誰にもバレない。記録にも残らない。

 

またどうせ鈴木製本の役員にも名前を連ねているだろうから、役員給与と賞与で取り返すこともできる筈だ。こうでもしていないと、ロミー商会の部長の給与だけで、ゴルフ場の会員権を2カ所も買える訳がないじゃないか』

 

『また、大宮の田舎は従業員のコストも安いし、ご当地・田舎の年輩者のパート代で済むから、従業員のコストは、日版印刷の半分以下だろうな。ほぼ、同じ製本の発注コトスとしても、販管費とランニングコストが半分以下になるだろうから、利潤が30%は増える筈だ。

 

なかなか上手く考えているではないか。鈴木製本が20億円の売り上げと聞いていたし、そして1割が利益だと言っていたから、その3割は6000万円か。これが、彼らの分け前だ。元商社マンが印刷の製本会社を経営するというのも、話がうますぎる。もしかして、鈴木義男というのは飾りで、実質の社長は、篠原がやっているのかもしれないぞ』

あれこれと、田淵の思惑が頭を駆けめぐる。

 

『しかし、大滝は何故開けっぴろげに、私に全部を見せようとするのか。ここに案内するのも、篠原の指図といっていたが、なにかここには、私の知らない裏があるのかも知れない』

田淵は、調子のいい大滝も疑っていた。

 

「田淵次長さん、今日の女子産業編の製本チェックは特に問題なく、スムーズに行われているのが分かりましたので、今日の立ち会いはもうこれで終わりにします。

 

ああ、それから、このワインはですね。義男社長から次長様に差し上げてくださいと、預かっていたものです。私の分もあるのですが、ブルゴーニュ産の10年もののワインだそうです。お越し頂いたお礼にと、鈴木社長からだそうですので、お願いですから、どうぞお受け取り下さい」

 

『何だと、一緒に引きずり込んで、分け前をやるから目をつぶっておけということか。この大滝という奴も、篠原に引きずり込まれた同類かい。俺にも同類になれという、暗号なのかい。このワインが』

田淵は、大滝という小僧の足を払ってやりたくなった。

 

この、大滝という男は大変に機転の利く、頭のいい男である。かつて、こういうことがあった。

「田淵次長さん、クイズですよ。氷が解けたら何になりますか」

田淵は、暫く考えて「水だろう」と彼に答えた。

「ブーブー、残念でした。春ですよーだ」

「次長さんの答えは、水戸の先ですね」

「なんだい、それは」

「大笑いということですよ、ブーブー」

彼に二本も取られてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

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