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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  3.「そして悔恨の日々」 Back Number 保存庫

                 

 

                 

2. 篠原三郎の入院

 

 田淵が江嶋社長の特命を受けて、新しい部署に着任して直ぐの頃のことだ。かねてから胃潰瘍を患っていたという篠原は、ある日突然に、口から胃潰瘍特有の真っ赤な鮮血を多量に口から吐いて入院した。

 

役員連中は、酒好きだった彼の、以前からの胃潰瘍が、酒の飲み過ぎで、急に悪化したのだろう位に思っていたようだが、田淵は、彼の着任目的に感づいた篠原がその為に神経を病んで、ストレスを溜め、潰瘍が急速に悪化したからではないかと、深読みをしていた。従って、篠原が、裏で相当にあくどいことをしているに違いないとの先入観を、最初から田淵は、幸か不幸か持ち合わせることになっていたのである。

 

田淵の着任以外に、彼がストレスを倍増する要因は、他には見当たらなかったからだ。そして、田淵が着任してスグに入院となり、それからほぼ3ヶ月間というもの、彼は胃潰瘍の手術と術後の療養で入院したままになってしまう。開腹手術の結果、胃ガンではなく、単なる胃潰瘍であったが、潰瘍は大変にひどい状況で一部が胃穿孔になっており、そこから激しく出血したとの主治医の見立てであった。

 

着任後スグに、田淵も病院に見舞いに行った折りに、主治医から直接に聞いた報告である。篠原が、一番恐れていた胃ガンではなかったから、彼にとっては不幸中の幸い。しかし、本当にそうであったのだろうか。

 

 彼が入院している間に、田淵は、当部が関係している印刷会社の全部、製紙メーカーや製紙卸売会社等の紙屋関連、製本会社等へのここ2年間に渡る全ての見積書、発注書、指示書のファイルの全部を、大滝という名の当部の印刷管理課長に提出させた。

 

そして田淵は、これらを一ヶ月間かけて詳細に調査を実施した。しかし、誠に残念なことに、特段に不可解な疑問点は、ついに発見できなかったのである。

 

発注価格も、見積書も、請求書も、経理への支払い依頼書も全て正常で、特別問題と感じる疑問点は全く発見できなかったのだ。ただ一点、不思議なのは、印刷会社が6社、紙屋が4社、製本会社が5社と発注先が、思いも寄らぬ程の多岐に渡っていたことが、誠に奇妙な印象であった。Whyである。

 

『後は個別の印刷会社、紙屋、製本屋と個別に交渉して、発注価格の引き下げを計るより仕方がないか。方法として、発注会社が全部で145社と多岐に渡っているのを、2つ、3つの総合印刷業者に集約させることで量を確保してやれるし、また単価も下げられる筈だろうと思う。

 

また或いは、素人考えだが、印刷も用紙も製本も全部を総合してある特定の印刷会社に発注することでコストも下げられるのではないだろうか。当面、分散しているのを集合させることしかないだろうな。分散から集合が方針だな』

 

と田淵は考えた。しかし、こんな方法は誰でも考えるごく一般的な方法であって、量販店の仕入れの方法と同じであるから、日本を代表する大手の印刷会社である日版印刷に在籍していたという元営業マンの篠原が、何故そうしなかったのかと、或いはまた何故このことに気付かなかったのかと、田淵は、大変に疑問に思い、また不思議に感じた。このことで、更に激しく彼に疑念を持つに至った訳である。

 

 篠原三郎は、日版印刷在籍当時からの腹心の部下であった久野という62歳のご老人を、ロミー商会にヘッドハンティングされても自分の部下として、自分の仕事を補佐する顧問という立場に据えて抱え込んでいた。このご老人は、若い頃に、左の手を、肩から下全部を、印刷機械に巻き込まれるという大変な事故で遺失したが、為に当時から印刷の神様と言われていた人だ。

 

この人がロミー商会にいるだけで、印刷会社に対する重鎮としての役割が行使できるから、篠原は彼を重用した。ロミー商会に出入りする印刷会社の営業マンはご老人に畏敬の念を抱き、いい加減な仕事はしないだろうという篠原の考え抜いた智恵だったのだ。

 

篠原が入院しているとき、彼の能力を試したいとの判断もあって、一度、このご老人に、篠原は自分の考えである『現状の発注先が多岐に渡っているが、この分散している発注先の状況を、特定の大手の印刷会社に集約させることでコストは下がる筈ではないだろうか』という、この『 分散から集合へ、という田淵理論 』を老人の反応を試すべく、久野にぶつけてみたことがある。すると、久野老人は顔色を変えて苦言を言ってきたものだ。

 

「田淵はん。こういう大事なことはなあ、部長に相談しなはれや。勝手にやるとえらいことになりまっせ。次長はん。軽々に事を起こしたらあきまへん。気を付けんとあきまへんで」

 

頬の筋肉をピクピクさせながら、普段は見せたことのない真顔で、脅すような口調で彼は言ってきたものだ。このときは、まだ、久野の言うことの真意をすら、田淵は理解していなかった。

 

しかし、田淵には、

『分散から集合以外に、江嶋社長の特命任務を実行できる方法は、他にはないのではないか』

との考えに凝り固まっている。分散から集合だ、分散している現状を集合さすのだと、念仏のように、当時の田淵は唱えていた。

 

 

 

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