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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  4.「西方体験録」 Back Number 保存庫
                 

(2)パリの屋根裏部屋

 

 

 パントマイム界の第一人者、マルセル・マルソー氏を主人公にしたCMフィルムを撮るのが、パリでの仕事。ある半導体メーカーの広報宣伝部に在籍していた頃、S社長の指示で渡仏。アンカレッジ経由の北回りで、1984年12月11日時間に着地。北極海廻りは地球の丸みがよく分かる、鳥肌の立つ空路だ。

 

 

 

パリの滞在は15日間。12月のパリは、夜明けが遅く、暗い。朝10時頃になって、やっとぼんやりと明るくなってくる。冬は日中でも、青空というのが全く見られない。

 

 

 北海を昇る暖流が、多量の水蒸気を放出し、濃霧となって西ヨーロッパ全体の町々を包み込むからだ。今に始まったことでなく、昔から続いている年中行事である。地中海沿岸の青空と太陽を、彼らが最も大切にする理由が、肌で分かる街だ。

 

 

 大手広告代理店・D社のI氏と、成田からずっと一緒。I氏からは、自分の息子のできが悪く、まだ就職もせず、近所の悪ガキどもを集めて野球に興じていること、娘からルイ・ビトンのポシェットを友達のも含めて5個買ってくれと依頼されていること、できの悪い息子には本革のブルゾンを買ってやろうと思っていること、とかの「親ばか話」ばかりを聞かされ、私は辟易する。

 

 

 広い広いシャルル・ド・ゴール空港に着地。そして、パリ現地代理店の嫌味な若造が、自分の車だと言って自慢げにベンツを運転し、ルーブル美術館近くの、パレ・ロワイアルすぐ横にある、四つ星ホテルへと、我々を運ぶ。彼は、直接仕事を呉れるD社のI氏にだけ、当然だが、お追従をして、しきりと気を遣う。

 

 

 日程最後近くの12日目にして、やっとマルセル・マルソー氏が来る。D社の策略か、氏が多忙だったのかは不明だが、とうとう滞在最終日の3日前から、CF撮影が始まる。撮影の合間を見て、マルソー氏は、トレードマークである山高帽姿の自分の似顔絵を、その場でサラサラと色紙に二枚描き、

サインも加えて、S社長と私へのプレゼントだと言って、色紙を呉れる。嬉しくて、氏と握手をしたが、彼の手は大きくて、温かく、柔らかい。今では、戴いたこの色紙が、私の宝物となっている。

 

 

 着地してから撮影開始までの間は仕事がないので、I氏と2人で専ら市内観光三昧だ。6日目から、I氏も出るのが厭になり、最後は独り観光。ルーブル美術館の地階、1階、2階と、回れるところは全部チェック。

 

 

  地階は、ローマ、サラセン帝国時代の数多くの大理石・石像の展示。1階は絵画・彫刻、2階はインテリアと服飾の展示。近くのポンピドウ・センターへも歩く。モンマルトルの丘、シャンゼリゼ周辺も歩く。ベルサイユ宮殿の中も、鏡の間、マリーアントワネットの寝室、秘密の小部屋も隈無く探索。ルイ・ビトン、シャネル、フォーションのお店も入る。エッフェル塔の最上階にも上がり、カルチェ・ラ・タン、ノートル・ダーム周辺も散策。地図を頼りに地下鉄と徒歩で見て歩く。

 

 

  しかし、パリからリヨンに向かうTGVだけは乗り損ねる。美食どころでなく、クタクタに疲労してベッドで寝るだけの日々だ。

 

 

 

 ある夜、I氏から「部屋で一緒に飲みませんか」と

電話コールが入る。疲れているので、気が進まないが、一階下の彼の部屋まで出向く。Whyというのは、このことかと、頭が混乱する。彼の部屋は、キラキラ光るガラス飾りの付いたシャンデリアがぶら下がり、壁にも装飾があり、アールヌーボー風の縁飾りの付いたガラステーブルには、高級ワインが何本も並ぶ。彼の部屋は、こんなに豪華でスゴイ。それに引き替え、私の泊まっている部屋は、まさしくパリの屋根裏部屋ではないか。

 

 

 てっきり、I氏の部屋も同じとばかり思っていたが、ここには天地ほどの落差が存在する。あの若造の仕業か、D社か、I氏の無礼か。私は、自分の部屋が、狭く傾いており、壁もシミで汚れ、敷物も傷んで、水道栓の締まりも悪く、テーブルさえも置いてない、まさしくパリ屋根裏部屋だとはどうしても言えなかった。忘れようにも、忘れられない、普段の観光旅行では決して体験することの出来ない、パリの宿泊体験である。

 

人間が評価される、学歴とか、在籍の企業名とか、年収額とか、役職名を人々は重大視しがちであるが、人間の礼節と教養こそを最も大事にして、深めていかなければならないのだと、我が身に翻って痛感したトラベルでもある。

 

 

 

 

 

 

 

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