8. ホテルの一室
事件があってから一月後の、クリスマス・イブに近い、ある金曜日の夜のことだ。住之江公園の南側にある、ファッション・ホテル「レスポワール」の1室に、何と言うことか、裸当然の秋元茂と田村昭子の姿があった。秋元は、妻との間も疎遠になっていたので、週末の今日も、昭子と一緒だ。
会社の近くでは、見られたらいけないと、四つ橋線の終点、住ノ江公園駅で下車して、住之江公園のすぐ南側にある、ここが二人の長年の逢い引きの場所だったのだ。職場では、昭子が秋元を嫌っていたが、二人の関係を分からなくする、昭子の偽装工作だったのである。
2人は、先程まで情を交わした、乱れたベッドに腰を掛けて、話をしている。昭子が、フウーッと大きくタバコの煙を吐き出して、秋元に聞く。
「茂さん、それで、結局のところ、幾ら稼いだのよ」
「金のことか。そうやなあ、美子から、昨年の最初の頃はー、月に30万円ぐらいでー、今年になって、月に50万円程は貰っているかなあ」
「ズル賢いわねえ、あんたは」
「まあな。そうさなあ、バード・ウォッチングを装って、岡田の部屋を監視していて、偶然に俺が、見つけたんだぜ。美子のサイド・ビジネスを。最初は、美子も玩として否定していたが、仕掛け部屋のからくりまで、母親・民子の役割まで、俺が知っていると分かって観念したのさ。それから先は、従順になったぜ」
「それで、皆で幾らになったのよ」
「最初の一年が大体360から400万円か、今年になって全部で600万円位ということかな。皆で1000万円いくか行かない位か。大したことはないわさ、奴らの稼いでいる金に比べれば」
「へえ、スゴイじゃない」
「そりゃそうさ、お前とのホテル代も要るし、服とか指輪も買ってやらないかんし、ローン代も払わなくっちゃいかんしさ。俺も大変なんだよ」
彼等は、秋元が着任して、殆どスグに男女関係となったのである。大抵の男から、見向きもされなかつた年増の田村昭子に、秋元が偶々乗り合わせたエレベーターで、例によって彼女にヒップタッチをしたのがキッカケとなった。職場では、二人の関係を隠すために、ここ4、5年もの間に渡って、意識して、わざと秋元を嫌っていたのである。
「それでさあ、村瀬純一をやったのも、茂だろ。絶対に、そうだよ」
「なんで、分かるんや」
「だって、美子は村瀬さんと結婚したいしたい、とばっかり言ってたんだよ。純一さんも、本当は美子が好きだったし、佐藤知也さんの妹さんと結婚するという話も、後で壊れたんよ。
だって、愛情のない、お金が目当てのお話だったからさ。妹さんの方から断りを入れたらしいよ。だから、結局は、美子が、純一と結婚したら困るから、やろ。結婚したら、月50万円の稼ぎがパアーになるしさあ、あんたも干上がってしまうもんね」
「さすがやなあ、お前は。あっちの方だけはスゴイが、年増で顎張りのお前には、絶対に分からんやろ、と思っていたが、判ってたとは驚きやで」
「なによ、年増の顎張りて、誰のこと言うてるの。うーん憎い人ね」
2服目のタバコをふかしながら、そう言って、昭子は秋元茂の脇腹を肘で軽くツンと突っつく。
「それで、どういう方法で殺ったのよー、教えてよ。密室殺人よ、住之江署の刑事も、感心して言っていたわ」
「その方法だけは、お前にも絶対に明かせないな。殊にお前には、お前は、まだ警察に呼ばれている身分だぜ。この事件はなあ、密室殺人の完全犯罪として迷宮入りになるのや。そして、釈放された岡田美子は、これからも俺に目つぶし代をビジネスの続く限り、ズーット払い続けることになるという寸法や。分かるやろ」
「まあ、大した悪人だねー」
「それからなあ、犯人が捕まるまでの間は、これからでも、お前は、警察に何回も何回も呼ばれるぜ。だって美子があの調子じゃ、話にならんやろ。だからなあ、俺のことは、どんなことでも一切話すなよ。絶対にだぞ。会社の中でも、一緒やで、言うなよな」
「うん、わかった。分かったからさあ、あんたあー、はやくうー」
鼻声でそう催促して、再び、昭子は秋元を導くのである。
|