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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  5.「流れ星」  Back Number 保存庫

                

                       

 

 

                         

6. 村瀬への脅迫

 

 

 美子は、今までになかったことだが、あの南港の自分の部屋ではなく、玉造にある「ミレージュ」という目立たないホテルで、その後も月に2、3回ほど、村瀬純一に出会って情を交えていた。もう出会えないとなると、体が自分の体でなくなり、頭がおかしくなるからだ。

 

 

 それは、2カ月ほど続いた。そして、母性がとうとう妊娠する。しかし、理性では生むわけにはいかない。そして、ついに村瀬への脅迫が、始まったのである。村瀬には、心底申し訳ないとも思ったが、母親との共同生活の為には、いた仕方がない。生活費も、二重のローン代も要るからだ。いよいよ、それは哀しくも始まる。

 

 

 

秋も終わりのある日、村瀬物産の受け付けに岡田美子の姿があった。電話でなく、敢えて直接乗込みという方法にした。これが、彼女のやり方である。

 

 

「純一社長に取り次いで下さらない」

「分かりました。あなた様は」

「美子と仰れば、分かるはずよ」

暫くして、村瀬が応接間に出てきた。

「どないしたんや。久しぶりやなあ。美子ちゃん」

間髪を入れず、単刀直入に言うのが、美子の方法だった。

「あなた、どうしてくれるの。できちゃったのよ、あなたの子供が。今、3ヶ月だって」

「えっ、ほんまかいな。ほんまにワシの子か。信じられんなあ」

「そうよ、あなたが私の部屋でした時の子よ。覚えているでしょ」

「あの時はなあ、あんたは酔っぱらっていて、大変だったんだぜ。本間に、始末が負えんかったよなあ」

 

 

 

 「そうなの、私は酔っている時の方が確率が高いのよ。だって、大好きな純一さんの、その貴方のジュニアが本当に欲しかったのですもの。私の、苦しい胸の内を分かっていただけるでしょ。私は、もう生むつもりで、病院にも手続きをしてきたのよ。あなた、いいでしょ」

「げえっ、それだけはやめてーな。あんたには、言うてーへんかったけどなあ、ワシはなあ、そろそろ今が年貢の納め時や。知ってるやろ、この前に一緒に食事した店の、あの佐藤君の妹となあ、来月に結婚する予定なんや。金の面でも、助けてもらえるしなあ。ワシの会社もシンドインよってに。分かってーな」

 

 

 

 スルドイ目を一層引きつらせて、村瀬はいう。

始めての、純一の本音を聞いて、美子は気弱になりかけたが、かねてからの母親の強い口調で言い聞かされていた。

「おどごは、最後はだれでも逃げよるんじゃ。そこを、切り札を出して、もう二押しするんじゃぞ。負けたらあかんよ」

これを思い出し、唇を噛んで、もう一言を彼女は、押しまくる。

 

 

 「そんなこと、私とは何の関係もないわよ。こちらは、純一さんの子が出来ちゃっているんだから。じゃあ、生んでもいいのね」

純一も、美子の真剣な言葉にぐらつく。

「ワシをいじめるのはやめてえなあ。どないいうたら、分かつてくれるねん。ホンマもう、勘弁してえなあー。なんとか、生まんでも済むようにならへんのかえ」

「だったら、手術費と慰謝料を込みで350万円を貰えるかしら」

「えつ、なにをぬかすじゃ。このアマ。350万円寄越せやと。じょー、じょーだんじゃないぜ。お前なあ、最初から、ワシを騙すつもりやったんやろ。今から警察に行こか」

男と女の修羅場の始まりだ。

 

 

 

「貴方、何を言っているの。これを見て下さらない」

美子は、最後の切り札の、仕掛部屋のマジックミラーから民子がデジカメで撮影した、美子と純一との淫らな同衾写真を見せた。

「げえっ、どないなっとんねん。こないな写真、誰が撮ったんや。ネガ、ネガはどないなっとんねん」

相当に、村瀬は慌てふためいている。

「馬鹿ねえ、デジカメ写真だから、ネガはないの。URLに、もう入っているかもよ。貴方が拒否すれば、公開するわよ。もう、絶対に逃げられないのだから。貴方のご商売にも差し支えるわよ」

「ほんならなあ、せめて、200万円に負けてえなあ。どないや、なあ他人やないやろ、美子ちゃん。たのむわ。悪かった、ワシが悪かったんや。ほんまやで、マケてえな」

 

 

 

 純一の最後のあがきだ。ここで押すと全てが壊れると、美子は母親から教わったノウハウも知っていた。

「私の、大好きな純一さんの子供だから、絶対に生むわ。だけど、貴方がそこまで言うのなら、仕方がないわ。残念だけど、堕胎するわ。それからね、時々なら私の部屋に来ても良いからね。合い鍵を、純一さんに渡して置くわ、どうぞお使いになってね」

 

 

こう言って、合い鍵を渡す。純一との別れが辛いのだ。せめてもの罪滅ぼしということか。

こうして、難なく200万円もの大金をせしめた。今日は、中埠頭のマンションで民子と赤ワインで乾杯だ。

 

                  

 

 

                 

 

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