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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  5.「流れ星」  Back Number 保存庫

            

 

     

                  

1. 事件の始まり

 

 

11月下旬の霜冷えのする寒い日に、事件が起こる。中埠頭にある、この岡田美子の部屋から、村瀬純一の変死体が発見されたのである。秋元茂が彼女の部屋を調べに行ってから、丁度2年後のことだ。新聞にも、デカデカと記事が掲載される。村瀬は、青酸ソーダを飲まされての変死である。

 

 

事件の第1通報者は、彼女の会社の同僚で、田村昭子という女性。岡田美子が休んでいるので心配した田村が、岡田に電話をした。すると岡田は放心したかのような声で、村瀬の死を伝えたという。

 

 

「誰かが、私の部屋で死んでいるー。怖いわー、見に来てよ。私どうしたらいいか分からないのよ。警察にも電話して呉れる。私、このひとの子供が欲しいのよー・・・・・・・」

 

 

この電話を受けて、彼女は、秋元課長の許可を貰い、一度行ったことのある、岡田のマンションまで、難波からタクシーを飛ばして駆け付ける。そして、村瀬純一の死体を発見し、ことの顛末を警察に、電話したという次第だ。

 

 

死体は、既に死後硬直が始まり、手足は突っ張ったままとなって、凄惨を極めている。特に、その右手の指は、余程苦しかつたとみえて、虚空を掴むような仕草のままで、固まっている。岡田美子は、目を据えてその死体を凝視しているが、彼女の表情は堅く、頬が青白い。釣り上がったその目は、瞬きすらしておらず、尋常ではない鬼気迫る雰囲気である。

 

 

当然のことながら、岡田美子は本事件の第一容疑者として、所管の住之江警察から、取り調べを受けることになったが、支離滅裂で、言っていることの辻褄が合わない。第一通報者の田村昭子も、同じように事情聴取を受けている。

 

 

子供の頃、流れ星が消えるまでの間に心を込めてお願いすると、その願いは叶うと母親から教えられ、何か大事な局面になると、岡田は、いつも流れ星を探した。今朝から始まった、刑事の取り調べも、夕方にまで及び、初冬の今日も、西の空にひときわ大きな流れ星を見つけた彼女は、胸の前で手を組みつつ、じっと暗い空を見上げ、流れ星の軌跡を目で追いながら真剣な眼差しで、願い事を星に託す。

 

 

刑事の質問にも、耳を貸さず、虚ろな目で、独り言をつぶやくばかりだ。

「今日も、あの方が来てくれますように」

「あの方の、赤ちゃんが出来ますように」

髪を振り乱して祈っている。村瀬が死んでからというもの、岡田美子のその様子は、尋常ではなかった。

 

 

話は、ここから3年前に遡る。

 

 

 

2. 営業2課  

 

 

岡田美子はブレーン社の社員で、営業レディーをしている26歳の女性だ。新潟県は柏崎の出身で、大阪の短大を卒業してからブレーン社の大阪支社に就職が決まり、いきなり営業に放り込まれた。ここで、新規開拓の営業を担当して、今年で5年目となる。

 

 

ブレーン社の大阪支社は、大阪の地下鉄御堂筋線・難波駅で下車して、地下のショッピングモールを西方向に少し入った処にあり、地下鉄からそのまま行けるという大変便利な場所にあった。

 

 

「今日は、エエ会社があるやろか」

独り言をつぶやいて新聞を見て、顧客となる情報を捜し始めている。

「アキちゃん、昨日はどうやった」

岡田は横に机を並べている、田村昭子に挨拶代わりに聞いた。田村は化粧が濃く、男好きのする肉感的な女性である。年も岡田より上で、30歳を過ぎていた。職場では、昭子が岡田の唯一心を許せる同僚で、この課の先輩だ。

 

 

「全然だめだよーん、話にもならへんわ。私の顔を見たさの冷やかしよ、あのタソジジイ。それにしても、2代目の社長いうのはどこもかしこも、頼りない奴ばっかりよ。昨日の常磐商事もだよ。ねえー、聞いてくれる。2代目の社長だから、随分と威張り散らしてんの。自分のところの取り扱い商品の名前すら満足に言えないくせして。細かいことは事業部長に全部任せているからだってさー。私がじっと奴の目を睨んでやったらさー。オドオドしてやんの。頼りないったらありゃしねえんだよ。早晩、常磐商事は左前だよ」

 

 

田村の話を聞き流しながらも、岡田は新聞紙を見てチェックする手を休めない。

 

 

彼女達の毎朝の日課となっているが、出社するとすぐに、まず2、3紙の新聞を自分の事務机の上に広げる。そして、各紙の求人広告欄や商品広告だけをざっと見て、会社概要や製品の記載内容だけを大雑把に調べ、これは面白そうだと思う会社が目に留まれば赤ペンでチェック・マークを付ける。次いで、チェック・マークを付けた10社前後の会社に片っ端から電話を入れて、訪問のアポイントメント、つまり社内呼称でいうアポ取りをするのだ。

 

 

教えられた大事なことは、ここで必ず社長宛に電話を入れて、直接に社長本人と話しながらアポを取る、というのがブレーン社でのやり方だった。アポ取りのデスクワークが終われば、今度は必要な営業資料や掲載見本誌、価格表や原稿作成の手引き書など、必要な営業書類一式をその日に訪問する会社毎に仕分けてファイルケースに入れ用意する。それから、メンバーが個々に外出して、訪問予約をしておいた社長宛に、自分1人で訪問していくのだ。

 

 

岡田美子は、こういう新規開拓の営業方法を、ブレーン社営業2課の上司である秋元茂から叩き込まれていた。毎日10社前後に電話して、それでも大体1〜2社はアポが取れる。会社の社長と言っても、若い女性には殊に甘いのか、女性の場合の方が、よりアポ取りの確率が高い。従って、この新規開拓の営業担当は、ブレーン社では全員が女性社員となっている。だから、彼女のいる課も、上司の秋元茂課長以外は6名の課員の全員が女性だ。

 

 

この中にあって、岡田は課の中で、大きく目立つこともなく、かと言って不可もなく、それなりのごく普通の営業成績を残している。

 

 

 秋元茂は、この6名の女性課員を上手に操縦して、社内では割と良い方の部類に入る営業成績の、35歳の中堅課長である。元々、秋元は、ブレーン社の制作課長をしていたが、5年前に、自分で進言してこの営業課に異動してきた人物だ。制作マン時代の彼は、特別の評価もなかったが、かと言って大きな失敗もなかった。しかし、制作という単調で忍耐を要する業務の毎日に飽き飽きしていた彼は、できれば職種替えをしたいと思うようになっていた。

 

 

 その前の営業2課の課長であった田淵一彦という男は、課員である若い女性、宮下春子とのトラブルで、ハッキリ言えば男女関係となり、それが原因で、高松の四国営業所に飛ばされた。その後釜に来たのが、秋元だ。

 

 

秋元は、制作部では、どんなに頑張ってもたかが制作マンでしかなく、課長程度までにしか昇進出来ないとの、社内上層部の暗黙の評価基準を知ってから、それなら営業で一旗揚げてやる、部長から役員にでもなってやる、単調な毎日にも飽きていたから丁度いいやと、敢えて営業に飛びこんできたという人物だ。声が大きく、小太りで短足、目がギョロッとして、顎が張り、確かに営業向きの資質を持っているように、一見して見える。

 

 

秋元の第一の関心は、女性である。彼は、社内でも女好きを自認して、それを周囲に公言していた。街ですれ違った女性にも、必ずと言っていいほど、振り返ってその顔と胸を確認するという癖があり、またエレベーターに乗り合わせた場合でも、世間話をしながら、同乗している女性社員の背後にすっと近づき、その女性のお尻に上手に触ってしまうという、大胆なこともやってのける特技を持っていた。だから、あだ名が『タッチャー秋元』といわれていた。

 

 

だから、女性ばかりで構成された通称ハーレム課に行くと、彼の方から先に、手を挙げたのだろう、というのがもっぱら社内での噂だった。

 

 

またもう一方の関心事は、金である。彼の金への執着は、本能的だ。1円や10円といえども大事にして、決して粗末にはしない。地下鉄の切符売り場付近には、1円や、5円が見捨てられたように落ちていることがよくあるが、どんな場合でも、秋元は必ずそれを拾らって自分の財布に入れる。

 

 

第三番目の、彼の意外な趣味は小鳥である。私生活での秋元は、自分の部屋でも手乗り文鳥を飼っているし、休日にはバード・ウォッチングに出かける程、小鳥に入れ込んでいる。彼の3つ年下の妻も4歳になる女の子供も呆れるほどである。だから彼のカバンには、鉄道の忘れ物処分市で見つけて、2000円で購入した、掌に乗るぐらいの小型だが性能の良い、倍率200倍まで拡大できる双眼鏡が、常に入っている。

 

 

前の田淵課長が手を付けたという宮下春子は、田淵の異動後、気の毒にも退職したが、田淵とも完全に切れて、今は茨木にある別の会社で働いているという。今のところ、表面的には秋元の課の中では、田淵課長の様な、男女関係のトラブルが起こっているようには見えない。また、他部署の男性社員と部下の女性とのトラブルも皆無だ。

 

 

この秋元と、岡田美子とは、お互いに関心が無く、一線を画してそれ以上は近づかないようにしているから、トラブルが起きる筈もない。淡々として、割と理想的に上手く部下のマネージメントがされているように見える。その岡田の座席は、この秋元のすぐ前に位置している。秋元に対して、別段と何の感情も抱いていないので、岡田美子は、秋元のスグ側の席でも、平気で全く気にならない。

 

 

しかし、課員の女性の中には、『秋元のスグ側の、その席だけは死んでもイヤ。あの目付きが絶対にイヤ』と、秋元を嫌って避ける者もいた。それは、化粧の濃い年増の田村昭子だ。また、最近になって、離婚をして中途採用で入社してきた、岡田より年下の北村英子は、勝ち気なこともあって、担当エリアを岡田美子に犯されたと独り合点して、何かと岡田に突っかかっていく人で、田村昭子の向かい側に座していた。

 

 

座席の配置は、岡田の向かい側に中野、横に田村。田村の向かいに北村、横に森田。森田の向かいに吉田が座している。計6名の課員は、全員が女性。吉田、中野は中堅で、森田は新入社員だ。

 

 

  毎日のように、朝9時から10時頃までは、6名の女性のアポ取り合戦のため、女性達の甲高い喋り声と電話のベルの音で職場は騒然とする。同じ会社にダブって電話をしないようにと、それぞれ流通、化粧品、食品、衣料雑貨、インテリア、装身具などの業種で、担当エリアを決めていた。それでも、時々越境して電話するから、これが原因で女性課員のキャーキャーと五月蠅い言い争いが起こることも、偶にある。

 

 

 今日も、北村が岡田にしつこく言う。北村英子は、人より上に立たないと気が済まない、勝ち気な性格なのだ。

「美子、今度越境したら、絶対に課長に言うからなー。きっちりルールを守って、やってやー」

岡田は、関わり合いにならず、横の田村と顔を見合わせて、目配せしながら、何事もなかったかのように、アポ取り作業をしている。

 

 

そして、皆それぞれが、スムーズにアポが取れたようで、出掛ける支度をしている。現在の岡田の担当エリアは、衣料雑貨関連業種だ。

 

 

 

 

 

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