(4)ベレー帽とヘルメット
事件が起こってから12日目の12月22日に、合成写真で作られた犯人のモンタージュ写真が早々と公表され、街角に掲示される。ヘルメットを被っているせいか、童顔でも割とりりしく見えるハンサムな顔立ちだ。
年の明けたある日、私は、日本橋の東洋電機本社に行く用事があって、地下鉄銀座線で外出する。帰り道で、銀座にあった写真公社という当部に出入りしていた写真屋にも用があったことを思い出し、寄り道をすることにした。そこに行くには、丁度テアトル・トウキョウという映画館の前を通らねばならない。そのテアトルの東向いの通りを歩いていると、黒のベレー帽を被った人が、多くの人に混ざって出てきた。黒のベレー帽は目立つ。武田さんだ。
映画好きの彼は、今日も会社を休んで映画鑑賞だったのだ。見てはイケないものを見てしまった私は、悟られないようにと、建物の陰に身を隠す。気付かれなかったかなと、彼の表情を観察する。そのとき突然に、私は直感した。ベレー帽を被ったその顔が、何とあの「三億円事件」犯人のモンタージュ写真と瓜二つではないか。
武田さんのベレー帽を被った顔を、私は知っていた。退社して、会社から離れた時に被っているのを、普段から私だけは時々見かけていたからだ。30歳過ぎなのに、額部分の髪の毛が殆どもう無くなりかけていた彼は、映画館に行くときも、変装気分でベレー帽を被っていたのだ。まして、今日は公休を取っての映画鑑賞なのだから。このベレー帽で上半分が隠れた彼の顔と、ヘルメットで上半分が隠れた犯人の顔とが、丁度、同じ条件となり、イメージの一致をし易くしたのかも知れないが、まさしくモンタージュ写真の男の目鼻立ちが、そこにあるではないか。これは、偶然にも、私が発見して感じたことだ。余り似ていないと悪評だったモンタージュ写真との類似だから、決定打とは言い難いが、犯人に違いないという私の確信は、一段と心の中で強まる。
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