(1)電波科学
犯人を特定する一つの糸口が、専門雑誌「電波科学」の昭和43年7月号の本である。これは、事件を担当した刑事の平塚八兵衛も言っている。実部数12,525部と発行部数が多くないこの本は、本屋でも買う人が限られているほど難しい専門雑誌だ。だから、企業の広告掲載見本誌の無料配布リストも570部と限られている。当社にも、刑事がスグに調べに来た。そして、その7月号の雑誌は、何と、東洋電機・宣伝部の書庫にはなかったのである。何故なかったのか。
私が入社したばかりの当時、広告担当は、ステレオ、テレビ、カラーテレビ、特需関係に分かれていた。武田さんと私は、特需担当。特需機は、音楽機器、空調機、放送機器、通信機器、映像機器、その他専門機器と、多くの種類の電子機器を担当する。依って、「電波科学」には、特に特需機器の広告だけを毎月掲載することが決められていた。広告掲載見本誌も、当然、毎月必ず届く。広告見本誌を部長に見せて広告出稿を確認して貰えば、見本誌は、後はお決まりの書庫入りとなり、不要物となる。武田さんは、この見本誌を、時々自分の鞄にしまって持ち帰っていた。この姿を、私は何回も目撃している。
「電波科学」には、何頁ものTV回路図例集が多く綴じ込んであり、このTV回路図すら理解できる高度な専門知識を、彼は持っている。私なんかは、見たいとも思わないが、彼は、勤務中もこの雑誌をよく読んでいた。横浜工場時代の回路設計技術者としてのキャリアとプライドが、この難解な専門雑誌に執着させていたのだ。
つまり、この「電波科学」昭和43年7月号をいつものようにして、彼は家に持ち帰っていたということになる。彼しか、書庫から持ち帰る人は、他にはいない。紛れもなく、この雑誌7月号は彼が家に持ち帰ったのに違いない。だから書庫になかったのだ。これは、断言できる。
その雑誌7月号のTV回路図を印刷した頁で、現金輸送車の車体の下に、犯人が投げ入れたとされるダイナマイトに偽装した、あの発煙筒がくるまれていたのである。ここに、犯人と繋がる重要な接点の一つが存在する。
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