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☆☆☆ Dengaku's Another World
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    Back Number保存庫
 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  1.「トラベル・ジャーナル」 Back Number 保存庫

      

    

4.離人症

 

私が、結婚当初の頃のことだ。夫婦2人で、小さな食卓のテーブルに向かい合って食事をしていても、右目の上の方向、つまり右上の天井の隅の方から、いつも誰かに見つめられているような視線を頻繁に感じて仕方がなかった。見ているのが自分かも知れないと思い始めると、『ではここにいる自分は誰なんだ。ここにいる自分と、天井の隅にいる自分とは、どっちが本当の自分なんだ』
と訳が分からなくなることが度々あった。自分が、食事をしている自分から抜け出て、天井から自分達2人を眺めているという、誠に奇妙な、居心地の悪い、落ち着かない、精神が混乱したかのような気分がしたものだ。

 

このことを、妻にも話してはいなかったが、どうも当時は一過性の離人症に罹っていたような気がしていた。しかし、今ではこの現象について、離人症ではなく、2人以外の誰か他の者から見られていたのではないかと、説明が出来るようになった。では、この現象について、私流の解釈をしてみよう。 

 

私達は、その年の3月に無事に結婚式も済ませ、横浜の田舎で戸建て形式の2軒長屋の新築アパートに住み、私は、そこから東京は霞ヶ関のA社に通勤していた。結婚した当初に、誰もが経験する新婚時代のことである。しかし、彼女の父親が、突然にその3カ月後、つまりその年の6月に逝去された。一番に可愛がっていた末娘の新婚生活を見ずに、急逝されたのである。義父本人も大変に、大変に残念で、本当に無念であったろうと思う。

 

「これから、横浜にいる末娘に会いに行く。その前に、ワシは散髪屋に行くんじゃ」

旧家育ちでその地域では名士であった義父は、家人にそう言い残して家を出た。そして、散髪をしてもらっている最中に、何と言うことか、脳内出血を起こしたのだ。病院に運んだが、その翌日には他界されたという。

 

これは、私の想像だが、死につつある大脳の中枢にある映像ファイルには、横浜の娘の住処に行っている自分の姿、久し振りに娘と出会って彼女の話を聞いている自分の姿、娘婿つまり私とも話し込んで

「あのなあー、婿殿・・・・・・・・・」と人生の忠告をしている自分の姿像が、きっと残っていたのではないかと思う。そして、この映像ファイルは自らを転写して異空間を通り抜けて、娘の住処に自らをインストールして、そして末娘に会いに行っていたのではないだろうかと。つまり、私が私から離人して私だと感じていたのは、実は私ではなく義父のそれであったのではないだろうか。

 

実は、最近になってから、こう思うようになった。では、その根拠となる、最近に起こったトラベル・ジャーナルを、ありのままに、諸君に報告することとしよう。

 

私たち夫婦は、実はあれに見守られているに違いない、という感覚が最近いつもしている。これは、私は感じで分かっているが、妻の方もそう思っているらしい。彼女の感じ方まで、私には説明できないが、私の感じ方は次に説明する様なことだ。余談だが、この世界では名を馳せた、スピリッチュアリズム研究所の江原啓之氏によると、人間には、守護霊(ガーディアン・スピリッツ)、指導霊(ガイド・トピリッツ)、支配霊(コントロール・スピリッツ)、補助霊(ヘルパー・スピリッツ)という、四つの霊に依って守られているということであるからして、私のあれはヘルパー・スピリッツに違いないと思う。

 

家の中にいても、何かある毎に、やはり右目の上の方から後頭部にかけて、一瞬スッと黒い陰が走ることがあるが、これが私には見えることが多い。普段から見えている訳ではないが、私の身体が危機的状況にあるとか、感情が異様に昂っているとかの時に限って、室内外を問わず、それは現れる。

 

考え事をしながら歩道をボーツとして歩いているとき、脇道から車が急に飛び出してきて、私の体と、ほんの23pの隙間を急スピードですり抜けて、間一髪で事故を免れ血の気が引くことが度々あった。この時は、後ろの黒い陰の助けで、一瞬予感がして、体が後ろに引っ張られる様に感じたものだ。また、教育事業の拠点として欲しかった物件が、業者よりもほんの10分先に手付が打てたとか、先に手付を打っていた人が何故か知らないが辞退した為に落札ができて、つまらない不動産を買わずに済んだとかの経験もある。どこかから聞こえてくる、「買え」との声があって、幸いにも入札していたからだ。

 

つい最近にも、妻が中耳炎で入院している時のことだ。横浜の旭区の借家から始めて、私達は、今では本宅、西宅、東宅と、三軒の自宅を持っているが、その西宅にあるウッドデッキに、前からしなければと思っていた、防腐剤を塗布する作業を、私はしていた。その作業の終盤で、今から思うと大変に恐ろしい事故を起こしてしまったのだ。

 

私は、庭に立って、防腐剤のクレオトート油の1リットル缶を左手に持って下げ、右手の刷毛でデッキの外側のラチスパネルを塗布していたが、悪いことに、地面に転がっている園芸用の細い青竹を、不注意にも踏んでスリップ・ダウンしてしまったのだ。下をよく見ていなかったからだ。それは、大の字状態になる転倒だった。クレオソート油は、強い刺激臭と共に、皮膚に付着すると深く浸透してスグに赤く爛れ火傷になって、いつまでも痛いという、知る人ぞ知る大変に危険な防腐剤なのだ。

 

思い出すのも嫌なことだが、缶にまだ半分程残っていた、そのクレオソート油を、私は、顔から左肩にかけて浴びてしまった。

「ぎゃー、助けてー」

周りには誰もいない。液が目にも入り、慌てて、たまたましていた日避のサンバイザーと常用している眼鏡を一緒に、庭の草むらに投げ捨てて、無我夢中で家の中に駆け込み、洗面台に走って行って、急いで石鹸で洗って中和した。目も真っ赤になっており、もう目は潰れてダメかもしれないと思ったが、何回も何回も石鹸水を手に付けて、顔と目を洗浄した。医者に行く時間もないし、自分一人だし、兎に角、洗浄が先だと判断して、洗いまくった。洗面台もクレオソート油で茶色く変色している、体の左側の首筋や肩や腹もチクチクと痛くなってくる。慌てて厚手の作業衣と下着も脱いで、左肩にかけて体に茶色く付着しているクレオソート油を、石鹸を付けて洗い流した。顔、目、体を何回も洗浄して、なんとか自力で処置をしたが、鏡に映っている真っ赤になった、チクチクと刺すように痛い左目を見て、恐怖で自然に体が震えてきた。

「キット、左目は潰れたろう。えらいことになった。これから、どうして生きていけばいいか・・・」

 

それがどうだ、私の目も体も全くの無傷で再生した。視力も落ちていない。会社にも通常通勤している。思うに、何らかの介助があったのではないかと、今にして思えば、私は考えざるを得ない。

 

まず、偶然にも被っていたサンバイザーだ。これと、眼鏡を装着していたが為に、これらが屋根となって、多量のクレオソート油を浴びるのを、顔と目から防いでくれたのだ。厚い雲に覆われた曇りの日だったが、何故か紫外線避けのサンバイザーをしなければならないと感じて、その日に限って、作業に入る前にそれを装着していたから助かったのだ。次に、当日は何故か厚手の作業衣を、寒いからと二枚も着ていた。

 

そして最後には、スリップ・ダウンした時に、『実は流れ出る油の量が最も少なくなるような体勢で、上手に転倒していたのではないか』と思われることだ。着ていた衣服は二枚とも右側が真っ茶になり、サンバイザーも表面が溶けて光沢すら無くなってしまっていたが、私の体は、無傷であった。何故かならば、缶の防腐剤は零れて殆ど無くなっているだろうと思っていたが、実は缶にはまだ半分ほど残っていたからだ。

 

大の字で転倒したにも拘わらず、ほんの少ししか零れていなかった。つまり、缶から少ししか零れない様に、上手に転倒したということに他ならない。背後から何者かの支えがあって、上手に転倒したのだとしか、私には思えない。あの大転倒の場合だと、缶の中身は、普通なら全部が無くなってしまうのが当然だったと思うが、そうではなかった。だから、ヘルパー・スピリッツの介助があったに違いないと、私は確信するに至ったというわけだ。

 

 

          <第4話完>

 

 

 

 

 

    

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