総計: 1063655  今日: 58  昨日: 55       Search SiteMap
☆☆☆ Dengaku's Another World
Novels Paint PC Saloon Life Essay by Dan Links MusicVideo&Flash music loop My Flash-Movies bbs Profile
 
 
    Back Number保存庫
 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  1.「トラベル・ジャーナル」 Back Number 保存庫
          

 

3.スズメバチ事件

 

ある年の初夏、蒸し暑い夕刻に、その事件は起こった。彼女はある大規模団地の一角で、子供相手に学習塾を経営していた。

 

この団地は、近畿都市部の後背地であるS県にあり、同県の中でも、更に更に田舎に属する、広大でなだらかにうねるような丘の上にあった。丘の南側と西側はまだ開発がされないままに、松、杉、竹や雑木が実生で育ったままの自然林がそのままに残されており、団地全体の周囲が自然の緑に囲まれた住宅地となっていた。総数6,000区画にも及ぶこの団地で、既に戸建住宅に入居しているのが、何と1,500所帯にもなるという巨大団地だ。

 

この団地は、今から25年程前に大手のOK建設よって、近畿地区の大型別荘地を造成するとの目的で、山を切り拓きデベロップメントされてきた。従って、当初は、近府県各市のお金持ち連中の別荘用地として、1区画100200坪単位で販売がなされ、申し訳程度の別荘用の小さな家しか建っていなかった。その後、広い土地の割には価格が安く、ここ10年程前から、付近にも、自動車メーカーや電子部品の大規模な工場が進出してきたこともあり、車で通勤するには便利で、サラリーマンには適した住環境だとの評価で、現在では新興住宅地として、割と若い人達が住み始めている。この不景気な時代でも、月に10棟前後は若者好みの派手なデザインの建売住宅がドンドン建設されてくるようになった。

 

従って、子供の数が大変に多く、この団地だけで小学生の数が2,500から3,000人に達するすごさだ。生徒の数が減って、学級数を減らしたり、或いは小中学校そのものを統廃合したり、また校舎を老人ホームに改築したりして対処しているのが全国的な風潮なのに、この地区だけは子供が膨張する地域なのだ。だから、真新しい豪華な設備で、今流行のレンガ・タイルを張った洋風建築として、小学校の校舎も、団地のある丘の下に新築された。しかし、都市型団地にあるようなショッピングセンターとかファミレス、また病院や各種の文化施設等が、この団地には皆無で、住民も子供も都市文化に飢えていた。従って、学習塾の経営には、この場所は誠に好都合で好環境の市場である。

 

         

 そこで、学習塾チェーンの新たな拠点として、ここに目を付けて、彼女が、手頃な物件が出るまで長い時間をかけてやっと見つけて購入したものだった。場所的には、団地全体の最南端に位置していたが、まだ未開発の自然林が、すぐ側まで迫ってきているので、散歩したり、山ツツジを鑑賞したり、自生の山椒の実を採取したりと、塾としての目的以外にも、気分がやすらぐ、彼女の別荘としても、大変に恵まれた環境にあった。

 

 塾経営者のK子は、たまたま塾の休みの日曜日に、次週からの教室整備にと、夫を連れて教室に来ていた。そのとき教室の天井裏から聞こえてくる羽音を聞いた。ブーンという力強い羽音で何匹もいるらしい。そのうち、一匹が天井板と框の隙間から顔を出した。スズメバチだ。それは、それは大きくて、黄色と黒の縞模様もはっきりした、お尻の光沢もツヤツヤとした、強そうなデカイ蜂だ。もう、尻から針を出して準備をしている。

 

 「キャアッー、スズメバチよ、なんとかしてよ。生徒が刺されたら大変なことになるわ。ボオッーとしてないでよ。ちゃんと処置をしないと、家から放り出すわよ」

いつもの台詞だ。まるで、夫の所為だといわんばかりに、ヒステリーを起こしている。何かあると、矛先が夫の方に向いていく。短気ですぐに逆上する彼女の習慣だ。逆らうと、激しいドメスティック・バイオレンスが待っているという。

 

 K子は夫に命令して、床下から蜂に入られないように目の細かい金網をつけさせたり、天井板の隙間に目張りをさせたりの方策を講じさせた。しかし、23匹は室内に飛び出してくるのもいる。頼りない夫も、慌てて新聞紙を丸めて叩き殺したという。

 

「生徒がスズメバチにさされると大変なことになるのよ。悪い評判が広がって、生徒も減るわよ。補償金だって出さなくてはならないのよ。こんなことは、あってはならないことなのよ。絶対に一匹も出てこないようにしてよ。いつも頼りないのだから。完璧に始末してよ。完璧によ」

まだ、ガンガン喚いている。

 

 その後、家の中から蜂が出てくることはなくなり、この騒動は収まった。それから数日経ったある日の、その蒸し暑い初夏の夕刻のことだ。塾での学習を終えた生徒23人が帰ろうと玄関から外に出たとき、生徒の悲鳴が聞こえてきた。通常の学習日なので、夫は勿論、その日は現場には居合わせていなかった。

 

「キャアッー、先生助けてー。大きなスズメバチが沢山、飛んでいるよー。刺されるよー、怖いよー。先生ー、先生助けてえー」

彼女は血相を変えて外に飛び出した。夕刻で、辺りはほんのりと薄暗くなりかけているから、既に玄関灯と門灯が点灯している。その光に向かって多くの蜂が集まっているのが見える。

 

どうやら向かい側の家の方から飛んでくるようだ。急いで、彼女は、顔面を紅潮させ目をつり上げて、「コラー、コイツー」と奇声をあげながら、竹箒でスズメバチを叩き落としている。子供がスズメバチに刺されて死ぬ場合もある、そのことで頭が一杯の彼女はこんなに振り上げたことがないという程、竹箒を振り回して蜂をたたき落とした。竹箒の細い筋に打たれて、何匹もの蜂が、頭を取られたり、腹と背がバラバラになり、ヒクヒク痙攣しながら1415匹は死んでいる。ひとまず、その騒動は収束したという。

 

ふと向かいの、元A市の某銀行支店長だという人の別荘を見ると、2階にあるベランダの屋根の軒先に付いているハンドボール大のスズメバチの巣を、業者が殺虫剤をスプレーしたり、大型のはえ叩きのような道具で蜂をたたき落としたり、突いたりしている。それを見て、K子は全てを察知した。そこから逃げてきた蜂が、こちらに集まってきたのだ。彼女は、血相を変えて、業者の作業を下で見ていた元支店長夫婦に向かって走って行ったという。

 

「オイッ。お前らー、非常識やないか。巣の処置をするんやったらなあー、事前に近所に連絡しとかんかい。ウチは学習塾をしているんじゃー。塾の生徒が刺されたらどないしてくれるんや。こんな夕方に、暗くなってから蜂退治するとは、お前ら非常識やないか。何を考えとるんや。ウチの塾の方にいっぱい、スズメバチが集まってきとるやないけ。生徒が怖がって逃げまわっとるやないか。生徒が、刺されて死んだり、怪我をしたりしたら、お前らの責任やど」

普段から、前世が男だと吹聴している彼女は、顔面を紅潮させ、デカイ声で、男言葉の柄の悪い言い回しで、大変に興奮して人差指で夫婦を指しながら、激しく問い詰め、非難している。誰をも恐れない強気の彼女の剣幕に押されて、銀行の元支店長だったという、645歳の男も顔面蒼白となってオタオタしている。

  

「塾の先生か、どちら様か、どこの誰か知りませんがねえ、私の家の蜂だと、決めつけて言わないで下さいな。どうして、宅から飛んでいった蜂だと分かるのですかね。山の方から飛んできて、お宅さんの玄関灯に集まってきたのじゃござんせんか。そうに、決まっているわよ。蜂に名前が着いている訳がありませんからね。おほほ。お宅は、誰に物をいっているのか分かってらして。宅は、銀行の支店長だったのよ。気をつけて物をおっしゃい」

支店長の妻とかいう、ど派手なシャネル・ブランドを着た60歳過ぎの女が、顎を上に突き出し、人を見下した言い方で、逆にK子に食ってかかってきたという。この夫婦から頼まれた、蜂退治の作業員も2階ベランダの上から、何が起きたのかと下のやり取りを怖々見ている。

 

「なんやと、お前とこが、巣を突っついたから蜂が逃げたんやないか。見てみー、今も飛んで行ったやないけ。何を言い逃れしとるんじゃい。生徒が、刺されたら絶対に損害賠償を請求するぞ。いいな親父」

元支店長というその男は、大人の女の喧嘩にオタオタしながらも、K子の追求に申し訳なさそうな顔をして、頭も下げて頷いたという。しかし、元支店長の妻だというその女は、自分の非を決して認めようとはせず、人を小馬鹿にした、落ち着き払った態度はついに変えなかったという。

 

「あんなやつ、呪い殺しやる。もう絶対に許さない。仕返しは必ずしてやる」

「もう絶対に許さない」

「・・・・・・・・・・」。と、

帰宅したK子は、まだ興奮冷めやらず、その日の顛末を夫に語り、スゴイ形相で怨念を込めた声で、歯ぎしりして、そして何かを念じながら、元支店長の妻だというその女を恨んでいる。ブツブツと、何かを唱えながらだ。

 

毎週のように、別荘に2人連れだって来ていた元支店長夫婦は、その事件のあった翌週からは、パッタリと姿を見せなくなった。その別荘の56軒先に住んでいる、元支店長の妻の友人だという老女に、K子がそれとなく聞いてみた。すると、元支店長の妻の方は病気になり、元支店長はその看病で別荘には来られなくなったということだ。そして、この事件があった丁度1年後には、とうとう女の方が亡くなり、ショックで男の方も床に伏せたきりになってしまったと聞く。元支店長のその別荘は、その後は、誰も人が出入りすることがなくなり、こ綺麗に手入れがしてあった庭にも雑草が伸び放題となり、今や廃屋同然となってしまっている。

 

そこで、この女が死んだ因果関係についてだが、この話をK子の夫から聞いた、夫の親友である私は次のように考察する。

 

塾経営者のK子の強い怨念が、彼女の激しい性格によって更に倍増されて、異空間に念エネルギー波動となり、支店長夫人に到達したのだ。その怨念がして、彼女を死に至らしめたのではないだろうかと。

 

男が想念することで、死んだ最愛の妻が蘇生するという、理性の海につつまれている「惑星」を表現した、ロシア映画界の鬼才アンドレイ・タルコフスキーの異空間世界の映像、「惑星ソラリス」の逆世界を表す事件ではないか。気丈の意志力で相手を殺傷するという強い、強い念波動を出す能力を友人の妻K子が持っているのを、こうして私は発見するに至ったのである。赤熱の念エネルギーを異空間に波動放射して、怨念を実現させたのであると。この事件の真相について、賢明な諸君は、いかに判断されるでありましょうか。

 

 

          <第3話完>

 

 

 

 

    [1] [2] [3] [4] [5] 
 前のテキスト : 最初の掲示物です。
 次のテキスト : 2.「私説・3億円事件」 Back Number 保存庫
 
Dengaku's Another World is Copyrighted (C) 2003 June. Dengakudan's software is all rights only reserved. The spase photos are presented by Hubble Space Telescope.