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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  1.「トラベル・ジャーナル」 Back Number 保存庫
                 

     2. 易学智の智先生    

 

京都KBCラジオの放送で、月曜日から木曜日の午後12時10分から30分まで、相談コーナーを先生は持っておられる。これを「初代斎王代、易学智の智先生の相談コーナー」という。車で外出する時に、このラジオを聞くのが、私の楽しみの1つだ。兎にも角にも、易占いなのに、全くよく当たる。この番組では、毎回二人ずつの相談者が、電話で智先生に相談するのだが、その遣り取りをラジオで生放送するというものだ。夫婦の生年月日を聞いただけで、結婚した時期すら、サラリと言い当てる。少女の様な、ハリのある可愛いい声で喋られる。その声からは、スリムで背が高く足の長い今風の、若い女性の姿が想像できた。         

 

夫婦の相性、自分の金運、子どもの進学、就職先の方角、恋愛している相手との相性、家を建てる時期、事業を興す時期、結婚の時期、相手の金運、仕事が見つかる時期と方角、妊娠の時期、子どもが生める時期とかの、人が生きていく上での、殆どの悩みが相談される。相性は、50分の23番とか17番とか、5番とかいう数字で表現される。滅多には出ないが、1番が最も相性がいい。相性のいい夫婦は、二人して財産を残すということだそうだ。これは本当らしい。

        

ある時、私は家内に連れられて、この智先生のご自宅に伺ったことがある。家内が、どうしても一緒に来てくれと強要するからだ。次男のことと私との相性で、彼女は悩んでいたようだ。彼女が、私の知らぬ間に手紙を書いて、先生との予約を取り付けておいたので、確か真夏の暑い日だったが、京都の丸太町衣棚通り下ルにある智先生宅へと、先生から指定された時間に訪問した。そこは、3間程の間口の、京風の2階建て町屋造りで、そんなに大きくはない、どこにでもある、京都のごく普通の家だった。

        

玄関にインターホンがあり「予約者以外の方は入れません。お名前を仰って、了解を得てからお入り下さい」と明示してある。ボタンを押すと、受付の女性の甲高い声で、中に入ってお待ち下さいと言われる。東向きの明るい玄関に入ると、蘭の花の薫りが漂っている。シンビジュームだ。綺麗に整頓された床には男物が一足、女物が2足と、靴が三足置いてある。我々より前の順番の人なのだろう。曇りガラス戸で仕切られた相談室に、既に3人は入っていた。

        

相談者の話し声が、我々の居る待合室の明るい三畳部屋にまで、アケスケに聞こえてくる。話の内容から、母親と年輩の男性とその妻という3人のようだ。サラリーマン稼業を辞め商売をやりたいが、どういう商売を、いつ頃始めるのが良いか、についての相談で全部が丸聞こえだ。そうこうする内に、我々の次の順番の相談者が入ってきた。白い洋服姿の水商売風の中年女だ。この女に、我々の話も聞かれると思ったから、注意してその女を観察する。その女の顔を見て私は、いつの日かは思い出せないが、どこかで会ったような懐かしい感じがしたものだが、そのことは家内には、話さないでおこうと考えた。

         

次の方どうぞという智先生の声に促されて、前の相談者と入れ違いに、我々夫婦が部屋に入る。実は、家内は今日で2回目だという。「兎に角、スゴイ先生だから、こんな人は今までに見たことがないわよ」と前々から言われていたので、智先生に会うのに大変に興味を持っていた。ラジオで想像していた如く、スラリとしたお嬢様風の、時々TVで見る霊媒師の様な可愛い美人だろうと思っていたが、私の想像はもろくも砕かれることになる。

         

「どうぞ、お気楽にして椅子にお座り下さい。奥様は、今日で2回目ですが、今日はどんなご相談なのでしょうか」

ラジオで聞く明るい声で智先生は優しくおっしゃる。京都の蒸し暑い夏だからか、智先生は、黒レース仕立てのノースリーブ・ワンピースを着て、机の前に座っておられる。しかし、先生に、黒レースの服は、全く似合っていない。家内が相談している間、好奇心にかられた私は、先生の表情と部屋の中を詳細に観察する。小さい顔で顎が二重、小さい目と口、白い肌だが、でっぷりと太っておられる。アイラインも目からハミチョロ。想像は裏切られた。失礼だが、どこが斎王代だよ。ごく普通のおばちゃんじゃねえのかい。智先生は、何故か私の視線を避けて、私とは決して目を合わせようとはされない。家内が、我々の生年月日を伝える。すると智先生はカシャカシャと何かを叩いている。席からは見えないが、パソコンに入力しているのが、音で私には分かった。    

 

        

「お宅達は、31年前の3月に結婚されましたね。相性は50分の7番ですよ」

『来た、来た。来たぜ。ラジオの通りだよ。なんで、始めてあった人の結婚した時期が、お互いの生年月日だけで分かるというのだい。本当かよ』私は、思わず呟く。

「しかもお二人は、前世の因縁によって結ばれました。だから相性が50分の7番なのです。この数字は、滅多には出ないのですよ。財産も残しますよ」

『げえっ、何を言うのだい、この人は。前世の因縁だと。なに、来世も一緒だと。どうすりゃいいんだい。まるで、ホラーチックの世界じゃないかえ。どこで、そんなことが、あんたに分かると言うのだよ。本当かよ』

 

 その時私は、誠に奇妙な感覚に取り付かれたことを記憶している。板張りの四畳半ぐらいのごくごく狭い、そして暗い相談室ではあったが、部屋全体が、何かよく分からない、ある種の霊的バリアで包まれているように感じたものだ。そして、息苦しい程に、何か私の思考が拘束されているように感じる。まるで過去と未来が混和した空間に、迷い込んだような気分だ。えっ、待てよ。すると、先ほどの白い洋服の女は誰なんだ。家内は、相変わらず、色々と相談ごとをしている。ふと視線を天井の方に向けると、そこには、記号と呪文のような奇妙な文字が書かれた、ハガキ程の大きさの真っ白の和紙が、部屋の四隅に貼られているではないか。この呪文と智先生の気がバリアを張って、この異質な空間を作っているのかもしれない。小柄な智先生の姿が、急に大きく膨らむような錯覚に囚われた。そして黒いレースの姿で、私を威圧しようとしてくる。

         

次は幻覚だ。私の脳裏にノイズの混じった映像の断片が次々と映ってくる。今の私は、オーストリアの田舎で、羊を飼っている20才の青年。山の南斜面の緑色の世界で、私は母と120頭の羊を飼っている。そして、村のお城にミルクとチーズをお納めしているのだ。これが、私達の生活の糧である。お城には、18才の美しいお姫様がいる。その方と私は恋仲になってしまったのだ。頭が混乱する。頭がどうかなってしまったのか。ここはどこだ。映像が強制的に脳髄に入ってくる。家内の相談はまだ続いている。ぼやけた映像だが、お姫様との語らい、緑の光に包まれた彼女との散歩、ラベンダーの薫り、城の王様の激しい反対、悲しむ母の顔が写る。私の脳髄にザラザラした映像がインストールされてくる。ほんの2、3分間の間の出来事だ。異空間に紛れ込んだから、前世の断片が投影されてくるのか。きっとそうだ、すると先程の女性は私の祖母なのか。

        

家内の相談が終わり、元の部屋に戻ると、白い洋服の女は待合室にはいない。靴もなくなっている。そうか、智先生の話を一緒に聞きたかったのかも知れない。私は、深層脳髄に内蔵されていた「異空間」にトラベルしていたのだ。そして、お姫様は、今や我が家の女王様として君臨されており、私は前世と同様に彼女にかしずき、ミルクとチーズの替わりにと、今や給料と言いつけられるままの無償の労働をお納めしているのだ。これが現実である。現世もまた、「異空間」へのトラベルなのだろうか。

         

この驚くほど当たる、「易学智の智先生」の連絡先を知りたいと思う方、またご自分の前世の幻覚を見たいと思う方は、どうぞ連絡を下さい。秘密は厳守しますよ。但し、どんなトラベルが待っているのかは、私は保証しませんからね。悪しからず。諸君、トラベルはいかがですか。お気軽にどうぞ。トラベルはいかが。  

 

 

                 <第2話完>

 

              

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