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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  3.「そして悔恨の日々」 Back Number 保存庫

 

      

         「そして悔恨の日々」

               

 

               

     

       

         

       

         1. 特命事項の発令

     

 

特命とは、特別命令の任務のことである。会社に於いては、社長から特別に任命された業務のことで、通常は組織を通さずに、社長から、特定の個人に直接に命令が下る。

 

因みに、この命令が下ったことと、その命令の内容については、この当事者2人以外の者は、全く知らないことが多い。ただ、下った命令が、時たま社長自身の真の腹心の者に伝えられているケースが、たまにある。加えて、大抵は、ある特定個人の素行、思想、業務の遂行状況、仕入先等社外取引先との関係、などについて秘密裏に詳しく調べ、依頼者である社長にだけ報告する、ということを指している。所謂、企業内でのスパイ任務という、恐ろしい仕事である。

 

ロミー商会の江嶋社長から、この物語の主人公である田淵英一に、特命事項が下ったことから、田淵の不幸が始まった。ひとえに、田淵の愚直と無知から生じた彼の人生のシミである。否、汚点である。そして、このことがあってから、彼の人生は暗転を始めることになる。いや、本当に、彼の性格と能力に関わる問題だけであったのだろうか。

 

篠原三郎は、田淵英一がロミー商会に勤務していた頃の、2番目の上司である。西新橋のガード下の安い飲み屋で、焼酎のソーダー水割りをしこたま飲んで酩酊し、荒んでいたその男は、テーブルに俯せになりながら、今日もこう言っている。顔は、定かに分からない。

 

「クッソーあの野郎。その名を聞きたくもねえよ。奴だぜ。吐き気さえ催してくるんだようー。もう済んだことで、思い出したくもない遠い話さ。おい、放っておいて呉れねえーかい。みんな、俺が悪かったのさー。今日もハローワーク通いだよ。もう、かれこれ1年になるんだぜ、あの野郎・・・・」

 

ロミー商会を事実上に首になってから、ハローワーク通いを始めて、かれこれ一年になろうとしていた。ほんの少しあった蓄えも底を突き、妻との諍いも毎日のように起こっている。

 

篠原というのは、元々は、印刷業界大手の日版印刷という会社の営業マンだった男だ。額が驚くほど狭く、顎が張って、分厚い唇が受け口になった、精力家的な風貌の小男である。当然のことだが、印刷作業行程の各プロセスや見積の仕組み、そして印刷原価に、大変詳しい。

 

当時のロミー商会では、1種類で最低でも30万部を越えるという多部数の印刷物を、しかも多種類に渡って印刷物を発行していた。そして、印刷物の総発行部数は3000万部程度あり、また印刷経費は当時の金で何と150億円以上にも達していたのである。この印刷経費の1割がコストダウンできれば、15億円の粗利が手に入るという訳だ。ここに目を付けたのが、江嶋社長。

 

偉大なる素人集団と自称していたロミー商会の社員達には、印刷に精通している社員はいなかった。ロミー商会の江嶋社長は、そこに着眼して、印刷のエキスパートとして、真意は印刷のコストカッターとして、日版印刷側のロミー商会担当の営業マンであった篠原を、自社の社員としてスカウトしていたのだ。

 

尤も、印刷に限らず、その他の編集や出版、工務、経理、財務、人事、営業等の要職は、江嶋自身が足で歩いて、口説いて集めた人材で占められていた。

 

当時、田淵英一もある電機会社の宣伝部から転職して、上手に泳いで、当時在籍していた編集企画部の次長にまで登り詰めていた。田淵がソフトを制作する側のNO.2の責任者であり、篠原はそのソフトを印刷物にするハード部門の責任者で、編集管理部という部署の部長をしていた。

 

ロミー商会で、田淵の1番目の上司である編集企画部長の林という男は小心者で、当時、飛ぶ鳥を射落とす勢いで活躍していた田淵から、やがて自分が追い落とされるのではないかとの恐怖心に取り付かれ、為に田淵をイジメ倒して蹴落とすことだけを目的とした、紙面で紹介するには恥ずかしい限りの、陰湿でかつ悪質な行為を田淵にしていた。

 

だから、田淵と林との人間関係はうまくいく筈はなく、林の部下であることをすら、田淵は悩んでいたのである。このことに気付いたロミー商会の江嶋社長は、ある日突然に田淵を社長室に呼んでこう言ったのだった。

 

「君も知っているように、当社の売上高は1700億円を超えた。しかるに、利益率は年々歳々低下している。2000億円にも近づく売上高になると、利益は黙っていても、自然に増えてくるものだ。しかるに、それが低下傾向にある。

 

更なる印刷経費をコストダウンする目的で、篠原君に来て貰って、ロミー商会で色々とやって貰ってはいるが、未だに、なかなか思うように印刷コストが下がって呉れない。だから、印刷コストを下げることが、我が社の当面の目標である。多分、前の印刷会社の連中との人間関係が出来てしまっているから、それの所為で、篠原君には、コストダウンの為の思い切った鉈が振えないのではないかと、私は想像している。いや、もしかして、もっと他にも、何か特別の理由があるのかも知れない。

 

そこでだ、田淵君。君に篠原君を監視しつつ、大幅に当社の印刷経費を削減する方策を見出して貰いたい。これを、君に対する私からの特命事項として、受け止めて欲しい。これからの、君の新しい仕事がこれだ。林君との過去のしがらみを捨てて、これからは編集管理部の次長として、総勢85名の部下を率いて、この新しいテーマに向かって頑張って呉れ給え。君なら、やってのけるだろうと、私は睨んでいる。思い切ってやってくれ給え。成功を期待しているよ」

 

江嶋社長はそう言って、田淵を部屋から遠ざけた。

 

 

 

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