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 田楽男の小説
小説の背景と概略紹介
                     

  

  1.「トラベル・ジャーナル」 Back Number 保存庫

                

 

 

トラベル・ジャーナル

        

 

        

 

       

       

 

 

1. 見えないものが見える人

 

A社で製品開発関係の仕事をしていた時のことだ。2カ月に一度の間隔で、全員が集まると丁度13名になるという、開発関係者だけの横断的な有志の集まりの会があった。会の名は「住宅関連異業種交流会」、略して「住異交」という。大阪堂島の電機倶楽部で午後1時から会合を開くのが常。いつも5~6人の常連がおり、私もその中に入っていた。会の終わりが午後5時頃になり、梅田から直帰できるから誠に都合が良く、だからこの会の出席を私は一度も欠かしたことがなかった。座長は、清水成型工業の取締役開発部長の伊庭氏。伊庭氏は言葉のスピードが速く、機関銃のようにガンガンと速攻で、まくし立てる。乗ってくると、舌をもつれさせ、顔を紅潮させ、ボディー・ランゲージも加えて、全身で喋るのが特長だ。小柄だがしゃくれた顔に、堂々とした態度なので、外国人様な風貌と威圧感を漂わせている。喋りでは、彼にはかなわない。為に、会員の皆には、仕切りは彼にお任せしようという暗黙の了解ができていた。イトカン開発課の田辺課長というニューフェイスが、ある時入会してきたことがあったが、雰囲気がまだ分からなかった彼は、喋りすぎた為に、後から伊庭氏の激しい質問責めに合いシドロモドロ。それ以来、その新人も口を慎むようになったものだ。

 

最初に出会ったときから、直感で彼の人柄を察知した私は、専ら聞き役に回ることを自分に義務づけていた。そして、いつものように彼が場を仕切り、人に指図して発言を促してくる。だから、彼の指名が来てから初めて、私は発言する。しかも、会社で用意しておいた、環境ホルモンとか、ホルムアルデヒト吸着剤とかを紹介した新聞記事のクリッピングを皆に配ってから、ほんの少し解説を加えるだけにして、極力喋らないように留意していた。結構早口でまくし立て、本来は仕切りたがり屋な私は、彼のお株を奪ってはいけないと、自重していたからだ。しかし、だから駄目なのだろう。人を押しのけ、人を平気で押し潰してさえ自分を出し、仲間を束ねていく者を皆は評価するのが、この世の常なのだから。

 

ある時、その伊庭氏が突然に、開発部長から、自分が開発した製品を製造販売している事業部を、今度直接担当することになったので、今日で「住異交」を脱退したいと言ってきた。皆はあっけに取られたが、人事異動なら仕方がない。彼の居ない会ではもう意味がないから、事実上「住異交」の解散である。そのことが皆よく分かっていたので、では今日、早速、伊庭氏の送別会をやろうということになった。急遽、その日の会合が終わった後で、堂島の飲み屋にと、皆で繰り出すことになった。そして、いつもの常連6人が参加した。この話は、その飲み会という空間で突然に起こった、誰もが予期せぬ「あの話」のことなのだ。

 

彼、佐橋氏は、内田商事という日本で随一のコルクメーカーの開発部長をしている。勿論、我々のこの会の常連である。私と同様に、会に毎回精勤していた彼は、今日の送別会にも当然出席している。顔からして、私と同年輩のように思える。桟木に何枚もの和紙を張り付けて作られている日本古来の襖に着眼し、発砲スチロールを基材にして両面に0.2mmの薄い鉄板を張り付けてから襖紙を貼るという襖の代替品を、彼は苦労して開発した。反りが出ないようにと、温度と湿度を厳密に管理して、特別な接着剤で鉄板を基材に貼る方法を発見したのだという。これを住宅公団に納めたところ、見事に当たり公団の標準品となる。大半のハウスメーカーにもこの襖が採用され、現在80億円もの売り上げを上げているのだと豪語して、ビール・ジョッキを軽々と空け自慢する。赤ら顔で小太りの、殆ど髪の毛のない、かすれた声で喋る、事業家風の風貌をしたこの佐橋氏から、その言葉は突然に発せられたのだ。丁度、私の真正面に座っていた彼は、私の顔と私の背面をじっと凝視しながら、それは始まったのだ。

 

「私にはですね、普通の人には見えないものが見えるのです。ほら、名前は言えませんが、ここにおられる、ある方の背後にも、二人も来られておられますよ。こんな話は、本当は親しい間柄でも殆どしないのですが、今日は特別です」

一瞬にして、皆の顔は凍り付いた。

 

 

『何を言うのだい、おっさん。おい冗談を言うなよ。まさか、俺のことじゃないだろうな。さっきから、ジロジロ俺の方ばかりを睨んでいるが、妙なことを言わないでくれよ、おっさん。俺の背後ばかりを見るなよな、気持ち悪いだろ』

私は、無言の言葉を発して、佐橋氏を睨む。皆は、ビールを飲むことすら忘れて、次の言葉を一言も漏らすまいと、彼のタバコをくわえた口元に注視する。

 

「先程の自分が作った新製品を売るためにですね、全国を東奔西走しましたよ。これに失敗すると即刻クビだと思いましたから、本当に命懸けでした。その出張先で宿泊しますとね、特にホテルの一番端の、特に妻側の部屋に泊まった時なんかには、殆どお出ましになりますよ。なあに、自分の話をですね、もっと、もっと、洗いざらい全部聞いて欲しい、と言って出て来られるのですがね」

「一度なんかは、3人も4人も、沢山で来られるので、困り果ててロビーに電話しました。すると支配人が、矢張りそうでしたかと言って、部屋まで来て平謝りして、夜中なのに大急ぎで、別の1ランク上の客部屋に交換してくれたこともありましたよ。あれは、私になら、辛い話を聞いて貰えると思うのか、何故か、皆で連れだって、私に寄ってくるのですよ。真夜中には必ず」

「夜も2時を過ぎて、疲れてシンドイ時にはですね。ベッドの上に正座し精神統一して、頭を深々と下げて、どうかこのまま帰って下さいと、何回も、何回もお願いするのです。すると、分かったと言われるので、それから立ち上がって窓を開けると、大概はスーッと出て行かれますね。私の場合は、窓を開けないと駄目です。ですから、窓のない部屋だけは、私でも、絶対にイヤなのです」

赤ら顔でさらりと言ってのける。どういう人だ、この人は。更に、次々と饒舌に話が続く。

「覚えておられますかね。神戸の六甲山をブチ抜いたトンネルに、あれが出たというのが新聞記事に、一度書かれたことがありましたが、随分昔です。それを、最初に見たのが、何を隠そう、実は、私だったのですね」

「大学を卒業して就職してから、すぐの頃です。車を買った友人と二人で、出来たばかりのトンネルを走っていた時のことです。トンネルの中程まで来たときに、左前方に立っているのをハッキリと見たのですね。友人には見えなかったそうですが。それ以来です、皆には見えないものが、私にだけは、霧が晴れるように見えるようになったのです。すみませんね、こんな話ばかりして」

「住異交」の解散会というこの場にいた者の現実空間場が、ごくごく普通の人だと思っていた佐橋氏から「あれ」について語られることによって、一瞬にして奇妙な「異空間」へと裏返ったように、誰もが感じたのは言うまでもない。

 

その佐橋氏は、それから3カ月後、同社の執行役員になったと聞く。80億円の売上高を上げるという、金の卵の新製品を生み育て、そして自ら第一線で販売活動にも当たり、会社に大きく貢献したという論功行賞であった。年収も3倍になったという。しかし、私には、現世と冥界とを自由に行き来できた佐橋氏は、実は人間の皮を被ったエイリアンであったのではないだろうか、或いは第一級の超能力者として、噂のアカシックレコードさえも読めたのではないかと確信している。

          

 

 

          <第1話完>

 

 

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